生きてるって素ン晴らしい!
少女が、微笑って言った。まるで他人事のような喜び方と、飛び立とうとしない風情だ。
「あんたはどうするんだね」
問われて、少女の表情が曇る。
「うーん……。どうしようかな。帰ってもしょうがないんだけど」
表情が、迷っている。帰る人々と比べて、あまりにもその顔色は暗かった。
一緒に待っている間、彼女は、早すぎる死の理由も、現世の家族や友達の話も、何もしなかった。
「貰いモンの寿命なら、わしに会いにきてくれんかの」
「え、いいの? 跡継いだりとかできないよ」
意外そうな顔が年相応に無邪気で、老人は微笑む。
「そんなん関係ない。若い娘にモテて、ばあさんに焼き餅やかしてやるわ」
差し出した武骨な手に、少女が応えた。
その日は満月でも新月でも、ましてや何の記念日でもなかったけれど、いつもより多くの奇跡が起きた。様々な場所で、様々な生死の境をさまよっていた人が意識を取り戻す。医学的に説明がつくとかつかないとかに関係なく。
病院では医者と看護師がいつもよりも忙しくなったが、迷惑がる者などまず一人もいない。キャンセルの入った葬儀屋は、のどかな休日を歓迎した。
暗闇に、静寂が透明度を与える。停滞した空気を震わせて、現代の夜明けの使者のエンジン音が響いてくる。影山の意識が、浅瀬から緩やかに引き上げられる。いつの間にか眠っていたらしい。
多分あれは、朝刊のバイクだ。
「おい起きろ! 朝だぞ!」
「んぁ?」
まだしがみついている藤宮の頭を叩いて起こす。
「ホラ、隙間から朝日が入ってるだろ、朝だ」
寝ぼけなまこをこすり、藤宮が顔を上げた。ぼんやりと細い光を見た途端、げんきんに飛び起きる。
「朝? 助かったのか俺!」
画鋲を張ったことを忘れ、思い切りカーテンを引き剥がした。が、まだまだ外は薄暗かった。
「うわー! まだ暗い! 騙したのか!」
「いや、薄暮なだけだろ」
ただでさえ窓は西向きで夜明けなど見えないのだ。それでも、群青の空と暗い町のシルエットの間にぼんやりと薄墨の縁がついている。
鳩やカラスが、もう起きだしている気配がする。少し離れた幹線道路でも、トラックの量が増えてきていた。
目覚めていく町と白む空を、二人は黙って眺めていた。少し冷えた空気が、汗を乾かす。
「俺、助かったんだ……。生きてるんだ……」
作品名:生きてるって素ン晴らしい! 作家名:蒼戸あや