生きてるって素ン晴らしい!
視線と言葉が、やけに藤宮の胸に刺さる。
「いいじゃん。お前が爺さんのかわりに死んでやったってことにしとけば」
「そ、……そんなこと、できるのか?」
「さぁ? でもお前は死ぬけど、爺さんは死ぬかどうかわからないんだろ?」
ちらとこちらを見る影山の微笑が、冷たい。
「伝統工芸の最後の伝承者の爺さんと、無名私大生でお先真っ暗のお前──。誰がどう見たって、どっちが役に立つかわかるよなぁ」
藤宮は、無意識に膝を抱いた。左手の指を、右手でぎゅっと握り締めて。
「……」
夜の町を見下ろして、一人の老翁が漂っている。老いた肉体から解放されたと思ったら、死神と自称する者に風に乗るよう導かれた。
あぁ、とうとう自分も死んでしまったのだな、と自覚する。覚悟していたほど苦しまなかったのはありがたい。
だんだんと、自分と同じ境遇の魂が増え、妙な人だかりとなっていた。先に進みたい気がするが、どうもつかえている様だ。黒装束の死神らしい姿も散見するが、忙しそうに右往左往している。どうやらどこも人手不足ということか。仕方なく、同じように立ち往生している熟年婦人のグループに声をかけた。
「あのー、もし。極楽浄土への道はこっちときいとったんですがのー」
「あら、お宅も?」
「なんだか、トラブルで道が通れないみたいなの。塞がってるんですって」
困るわねーと、生前さながらにぼやきあっている。仕方なく、老人も遠い先の灯火を見つめた。
「……おや、ここは──」
町の灯の中に、小さな闇がある。そこを目指すのだと自然と感じるのは、何か本能のようなものだろうか。ただ、老人には何か違う感慨もあった。
「風が強くなってきたなー」
相変わらずサッシが地味にガタガタと鳴っている。それから気を逸らすように、藤宮はテレビをつけた。外の様子が全く分からないので、何かしら情報がないかとニュースにチャンネルをあわせる。ちょうど、天気予報の時間だった。
癒し系の可愛いお天気お姉さんが、社屋外で概況をリポートしている。
「本日は熱帯夜、ほとんど風のない暑い夜です」
まるで外国の実況のように思えるほど、部屋の窓は嵐を主張している。
「……この局、ここの近所だよな……」
「じゃーガタガタ揺れてるのってうちだけか」
はははははと、二人で笑った。が、藤宮はすぐに我に返る。
「笑い事じゃねーだろ!」
作品名:生きてるって素ン晴らしい! 作家名:蒼戸あや