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瞳 ~あなただけを見つめる~

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   * * *

「ヒーロちゃん」
 オレは語尾にハートマークを飛ばしながら真下の隣に座る。顔を引き攣らせて真下が数センチズレた。
「キモイ」
「エー」
 左手には下着売り場がある。大塚と小板橋、揃って入ってしまって、男二人居心地悪く近くのベンチに身を小さくしている。「瞳、これ似合う〜」「く、黒!?」なんて会話が聞こえてきて意味もなく耳を掻いてみたりする。黒は持ってなかったな。似合うのか。
「よかったな」
「何がー、ヒロちゃん」
「その呼び方やめろ」
「つれなぁい」
「瞳のこと。ずっと好きだったんだろ」
 真下は笑っていた。オレはニカッと笑い返す。
「まあな」
「俺もフラれると思ってたけどOKもらっちまったし。何か、平和だなーって思う」
 鼻の下伸ばしてまあ。なんて顔してんだか。
 オレは膝に頬杖ついて追究してみる。
「ヒロちゃんはー、茜のどこが好きー?」
「はあ?」
「幼馴染の瞳をとらなかった理由を聞きたーい」
 真下はこっちを見ない。だからオレの目がどんな色をしているか知らない。
「幼馴染の恋愛なんて、実際漫画の世界だけだぜ? ちっちぇー頃からボール追いかけて走る転ぶ、風呂も一緒に入れられて昼寝も一緒、晩御飯あげたり頂いたり。本当の兄弟みたいなもんだ。下着選ぶ歳になったんだと今びっくりしてる」
「……お前」
「小板橋のどこがいいって言われてもな。……女っぽいっていうか。化粧してるからってわけじゃなくて……あー、何言ってんだ、とにかくそういうことだ」
「お前、気付いてないのか?」
 声がきつくなっていた。真下がオレを振り返った。
「何が?」
 心底わからないって顔。惚気を中断されてイラついているようでもあった。
 平和。平和なもんか。お前が思ってるほど世界は平和に出来ていない。
「……大塚は!」
 お前のこと、ずっと。
 続けようとした言葉は寸でで飲み込んだ。落ち着け、オレ。それはオレが踏み込んでいい領域じゃない。真下の向こうで自販機がブーンと機械音を出している。
 確かに小板橋は女らしく見えただろう。そばに大塚がいたんだから。比べられて不幸なのはどちらだろう。唇を噛んだオレに真下がイラだったように「何だよ」と眉間に皺を寄せた。
「夏山?」
 ぎくりと肩を強張らせる。見れば下着売り場から出てくる大塚がいた。「呼んだ?」と首を傾げられ、オレは罰の悪さに「いや……」と視線を泳がせる。
「? ヒロちゃん、何こいつ」
「俺もさっぱり……」
「……いやー!」
 オレは大きく胸を張る。
「真下が下着売り場に行ってるのがびっくりするって言うからさー! 大塚だってブラしてんだぜって話そうとしたところなんだ!」
「「なっ」」
 幼馴染同士がハモって赤面した。そこに小板橋の追い討ちのような言葉が降った。
「ねぇ瞳ー、これ買うのーやめるのー黒のセットー」
「な?」
「……バカー!」
 ぶんと鞄を振って、オレの顔面をぶった。ちょうど缶のペンケースの角が当たったらしく真面目に痛い。目に当たったらどうする気だこのやろー。
「……ちょっと!」
 痛がるオレの左手を取って、ずんずん大塚が歩き出した。

   * * *

 エスカレーター近く、下着売り場はもう見えない場所で大塚が腕を乱暴に解放した。
「何考えてるわけ、あんな大声で!」
「うん。ごめん」
「素直に謝ンな!」
 むちゃくちゃだ。そんなに好きな奴の前で下着のこと言われたことが嫌だったんだろうか。堂々と下着売り場に行ってたくせに、女って勝手な生き物。
「……ねえ」
「何? 鞄は勘弁な」
「ヒロちゃんと。何、話してたの」
 オレの顔を見ないで大塚が消え入るような声で尋ねた。俺の周りって人の顔見ない奴ばっかだな。エスカレーターを利用する人の邪魔にならないよう、柱にもたれかかって別にぃと返す。
「大塚がブラしてんだって話ィ」
「それ以外で!」
「むぅ……」
 何を訊きたいのかね、この娘は。
 そうだね、例えば、そう。
「茜の、こととか……」
 好きな奴のカノジョのこととか、か。
 気になるなら自分で訊けばいいのに。大塚にはそれだけの距離も関係もあるだろうに。何で隣の席の男友達だけなオレに訊くんだろう。
「話してない」
「嘘!」
「嘘って言われても……」
「ヒロちゃん、惚気たでしょ? 初めてのカノジョだもん、そうに決まってる!」
「決まってるって、お前な……」
 身長一七〇センチジャストのオレを見上げていた顔が伏せられた。多分本人は見上げてる意識はないだろう、真下は一八〇越えてるから。
「惚気るってんなら、大塚こそ適任じゃねぇのか?」
「私にその役は無理」
「何で」
「告白現場にいたから」
「……」
 どういうことだろう。金曜のメールでは大塚がどこにいたかなんて書かれてなかったから、真下か小板橋がメールで教えてきたのをオレに教えたのだと思い込んでいた。
「……金曜、私と茜、帰るとき。その日は部活だったからサッカー部の帰りと丁度重なったんだ。校門くぐったら、ヒロちゃんがいて……」
 ――呼びかける自分を軽くいなして、友人に告白する幼馴染。
 簡単に浮かぶ情景。
「そんで、茜はその場でOKしたんだ……」
 聞いているうちに頭が痛くなってきた。バカだ。こいつはバカだ。何でもっと早くそれを言わなかった。
「……」
 いや、バカはオレだ。苦しかっただろうに。それを軽減するためにメールしてきたのに。オレは、真面目に慰めやしなかった。隣の席のオレを選んだのは意図あってのことか否か。
 オレは梳いただけでムースやワックスなんてつけていないフリーな髪をぽんぽん叩き、恋を知り始めた女の子をこっちに向かせ、ニカッと笑ってやる。
「大丈夫」
「何が」
「あいつは惚気たよ。ちゃんと小板橋のこと好きだ」
 言えば傷ついた顔で「そっか」と笑う。
 戻ろう、と大塚が言った。オレは頷いて、元居たベンチに向かい歩き始めた。前を行く大塚は、恋を知り始めている。可哀想にな。初恋ってもんは、実らないってのが定説だ。”恋”がなんなのかわからなくてぼんやりしてるうちに取られる、って王道オチ。
「ヒロちゃん、あか……ね……」
 その点、オレは初恋じゃないから大塚を落とす余裕はありますよ。
「……っと」
 大塚が足を止めた。どうした、と訊いても何も答えない。不思議に思って視線の先を見つめる。
「……」
 二人がキスしていた。
 自販機と観葉植物に隠れて、ちょっとだけ。オレが見たときにはもう真下が抱き寄せていた小板橋を解放する瞬間だったから、大塚はする瞬間から見ていただろう。
「大塚、あっちにでっけープリン載ったパフェあるぜ!」
 大声を出して大塚を目覚めさせる。二人に聞こえるようわざとボリューム上げた甲斐あって、二人はオレたちを視界に捕らえた。行こう。小声で呟いて、大塚の肩に手を回しながら、二人へ喫茶店を指差してその場をあとにする。
 大塚の世界は今、ヒロちゃんと茜の走馬灯でいっぱいだろう。
 喫茶店へ行く道すがら、トイレに行く曲がり角で、足を止める。それに準じて止まった大塚が、ゆるゆるこっちを向いた。
「……夏山……」
「大丈夫。今オレたち付き合ってることになってるから」
「…………夏山!」