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瞳 ~あなただけを見つめる~

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   * * *

「弘樹ー!」
 赤点のせいで部活動停止をくらいサッカー練習を取り上げられたバカな真下を、化粧もばっちりな小板橋が呼ぶ。真下は呼ばれた通り化粧品店に足を踏み入れ(あのへんはリップコーナーだ)、品定めの相談を受けている。
「ヒロちゃん……」
 真下のことをそう呼ぶのはオレと付き合うことになった大塚だ。付き合うといってもほぼ一方的にオレがそうした。今日一日かけてクラス中に「オレ、大塚と付き合うことにしたから!」と触れ回った成果。小板橋が「じゃあWデートしよう!」と提案し(ナイスだ小板橋)、物騒な顔した大塚を引き摺るかたちで、オレとセット扱いに駅ビルに来ている。ああ幸せ、なんて思っていない。隣の顔見たらそんなこと。
「大塚」
 呼べば「えっ」と真面目に驚かれるから困る。一応付き合いはじめのカップルで、そんでもって初めてのデート中だというのに。どんだけ視界に入ってないんだオレは。
「大塚は小板橋みたいに化粧しねーのな」
「ああ……」
 鞄を肩に掛け直し、二人のいる化粧品店を見遣る。店内はキラキラして、オレが入ったら喰われちまいそうだ。未知の世界、なのは大塚も似たようなものらしい。
「やり方わかんないし、十代のうちはいっかなーって……」
 化粧の仕方なんて小板橋に教えてもらえばいい、なんて絶対言わない。大塚はスッピンでいける。というか全女子高生に告ぐ、化粧なんていらん。滅べ化粧品店。
「……これなんて似合うと思うけど」
 言いながらそこに飾ってあった一つの髪飾りをかざしてみる。戸惑う大塚の左側、小さく夏の花が咲いた。
「え、何」
「ひまわり。嫌いか?」
「嫌いじゃないけど、似合わない!」
「いやいや似合うって、オレ様を信じなさい」
 アクセサリー店の備え付けの鏡の前に立たせる。支えた肩は思った以上に頼りない。女子ってこんなに細いのか。そろり、名残惜しく一撫でして、「どうよ」と笑いかける。
「……、わかんない」
「似合うっつってんのに」
 そう、ひまわりは大塚によく似合う。近頃ずっと思っていた。
「ひまわりの花言葉、知ってるか?」
「花言葉?」
 そう、と頷くオレが意外そうで、「オレんち、花屋」と告げると、ああと頷いた。そして「知らない」と続ける、オレの好きな、女の子。オレはひまわりを髪に被さるようにしたまま、ゆっくり息を吸った。
「『私の目はただあなただけを見つめる』」
 大塚が瞬いた。鏡の中で目が合う。ゆっくり顔を上げ、首を回す。それと追うようにひまわりを動かしていく。な、花言葉がお前そのもの、よく似合うだろう?
 ……平常心を保てているか、オレ。
「……へえ……」
 ひまわりのヘアピンを受け取り、大塚はぎこちなく髪に留めて、オレに見せた。
「似合う?」
「おう」
 親指を立ててやると、泣きそうに微笑む。この姿を見せたいのはオレじゃなく、ヒロちゃんなのだ。わかってる。
 大塚が見つめ続けているのは真下。でも真下が見つめているのは小板橋。
 真下が笑った。小板橋が笑ったからだ。
 オレは親指を伏せて拳を作る。大塚がピンを外した手を握って、こつんとぶつけ合わせた。大きな目を、潤ませて。
 知ってるか。お前を見つめている目が、ずっとあったこと。