小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

エイプリル・フール(第二部)

INDEX|6ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

「きっと、大丈夫さ。心配するな。」
妻の耳元で囁いた。肩の上に暖かい水滴がこぼれおちた。
千恵子の涙が圭介の肩に染み込んだ。
二人は長い間そうして抱き締めあった。

***

11時。
外では激しい風が吹いていたが、雨は降っていないようだったので、一同は安心した様だった。
千恵子と真美が玄関まで見送りに来た。寅吉門までいる。
「お譲ちゃん、心配するな。おじさんたちゃ、大丈夫さ。」
山岡が強がったことを言っている。
真美はコクリと頷いた。
圭介たちは全員ジーンズにパーカーという、動きやすい出立ちだった。
「じゃ、寅吉門さん、千恵子と真美をよろしくお願いします。」
圭介は頭を下げた。
「かしこまりました。」
「じゃ、そろそろ行くよ。皆、準備はいいかい?」
相変わらず呑気な口調で井上が階段の下から声をかけて来た。
全員が車へ向かうと、寅吉門がお辞儀をしながら言った。
「では、くれぐれもお気をつけて。」
軽く挨拶をし、全員車に乗り込んだ。
運転は圭介にまかされた。夜道を一定のスピードで走る。人気がなく、車の姿もまれにみる程度だった。
過ぎて行く街灯に横顔をちらちらと照らされながら圭介は黙々と運転を続けた。
12時頃に会社のある町にたどり着いた。ここでは周りに人がいないわけでもなかった。車も先程よりかは見かける。会社の最寄り駅で車を降り、圭介は会社のビルへ直行した。
この時間、どの出入り口も施錠してある社内に入るには裏口を使うしかなかった。地下駐車場からアクセス可能な、いつか圭介が社長と共に出入りした場所だ。
監視カメラの目を逃れることは不可能だ。警備員は24時間体制で働いている。しかし、訪問者が社員だと分かればそれほど不審には思わないだろう。
それに、夜中の警備は一人しかいない。
建物の中に入ることには成功したが、案の定ロビーにはその警備員が待っていた。
何かを言われる前に圭介は自分のIDを取りだした。
「大橋です。通して下さい。」
警備員は軽くお辞儀をしたが、素直に通してはくれなかった。
「申し訳ありませんが、御用件をお尋ねして宜しいでしょうか。」
「オフィスにとても大事な忘れ物をした事を、思い出しまして。」
「分かりました。私も一緒にうかがわせて頂きます。」
「はい、お願いします。」
圭介はオフィスへの階段を上って行った。警備員が後ろからついて来る。自分の鼓動が高鳴って行く事に圭介は気付いていた。緊張で強張った表情を警備員に悟られないように努力しながら歩いた。
扉を開き、二人がオフィスへ入った瞬間、圭介は行動を取った。
電気をつけず戸をバタンと閉め、警備員の胸元に鋭いパンチを一発。
驚きと衝撃で警備員は後ろの壁に叩きつけられた。
動揺した瞬間を利用し、もう一発腹に入れる。
クの字に曲がって苦しむ警備員の後ろに回り込み、首をロックしながら地面に押さえつけた。ごろりと二人の体が地面で一回転した。
その時、ドアが開き、井上と山岡が突入して来た。ロープや手錠などを持っている。
一瞬のうちに警備員は囚われの身と化した。
口にタオルを巻かれ、何を言っているのか分からないが激しくもがいている。
実は、最初に裏口から入って来たときに圭介はドアに細工をしておいた。そのため、二人は時間差で後から滑りこめたわけだ。
「じゃ、見張りよろしく頼みます。」
警備員、井上、山岡の三人を会議室に残し、圭介は社長室へ入り、電気をつけた。
真っ先に本棚へ向かい、触れてみた。両端を持ち、左右に少し揺らしてみる。
少しばかり不安定な本棚は驚くほど簡単に動いた。圭介はそのまま本棚を右にグイッと押した。
何冊か本が崩れ落ち、バサバサと無造作に散らばった。
丁度いいと思う程度押し続け、圭介は本棚があった場所に目を向けた。
おかしくなる程ピンポイントで隠し扉がその場所に存在した。
扉は、ふすまみたいなスライド式だった。
躊躇なく扉をガラッと開けた。低い位置にあるため、少しかがまなければ入れない。
6畳とないくらいの狭い部屋だった。
部屋に入り込み、圭介の目にまず飛び込んできたのは一つの絵画だった。
入口から見て右手の壁にその絵は掛かっていた。
驚く事に、あの絵と同じ絵だった。
圭介たちがメモリーを発見したあの絵だ。違うのはサイズだけだ。こちらの方がはるかに大きい。縦横1メートルずつ以上はあるだろう。絵を一通り眺め終え、辺りを見回してみた。入り口の正面には窓があった。眼を動かすうちに、左の壁にも違う絵が飾ってある事に初めて気がついた。
その絵を見て圭介は背筋が凍るような悪寒に取りつかれた。思わず武者震いをしてしまった。
その絵は、なんとも禍々しい、天使の絵と対照的な悪魔の絵だった。地獄を表しているのだろうか。
自然とその絵から目をそらしてしまうほどの恐さを秘めている絵だった。
血のような赤い色が土台となるその絵には、悪魔と思しい生き物が数十と背景に描かれており、絵の中心には何とも言えない苦しみの表情を浮かべた人間の姿が描かれていた。
この部屋に一体なんの秘密が隠されているのだろうか。圭介はもう一度天使の方の絵に目を向けた。もしかすると、この間と同様に、絵の中に何かが隠されているかもしれない。
そんな事を思っている時だった。
部屋の外で音がした。何と言ったかは聞き取れなかったが、誰かの叫び声が聞こえた。
それに続き、激しくもめ合うような音がする。
圭介は即座に電気を消し、銃を手に取り、ドアの方をじっと見つめて息を殺した。
誰か来たのだろうか。
額に汗がにじみ出る。外の物音が止んだ。部屋のドアがガラリと開き、外の光が漏れて来た。光のせいで、人影しか見えないが、そのシルエットだけでも銃を構えている事が明白だった。影は慎重にかがみこんで部屋に入って来た。
影は圭介の方を見ると、銃を構えながら、もう一度確認を取るように身を乗り出してきた。
「大橋?」
声で分かった。桐島だ。
桐島と向かい合う様な形で圭介は銃を構えた。桐島側の銃口もこちらに向けられている。
次第に目が暗さに慣れて来た。
「どうしてだ、大橋。」
「桐島・・・」
銃は向き合われているものの、不思議とお互いに闘争心は沸いてこない様子だった。
静かで切ない空気が二人の間を流れた。
どうして銃をお互いに構えているのかを問うような視線を送り合う。
しばらくして、圭介が呟いた。
「今までの、エイプリル・フールに決着をつけようじゃないか。」
暗闇の中で静かに向き合う。
「どういう事だ。」
「俺は騙され続けて来た。あの日から、いや、この会社に入社してから、ずっとな。」
桐島は黙って聞いている。圭介は続けた。
「もう、俺は君たちとは働けない・・・桐島、俺は・・・」
言葉を失った。続きが見つけられなかった。いや、分かっていたかもしれないが、口に出す事を一瞬恐れた。しかし、不思議なことに、その言葉は今、口から呆気なく、さらりと流れ出した。
「死ぬかもしれない。」
そう言った瞬間だった。
衝撃が背中に走った。思わず真正面にぐらつく。
それと同時に、後ろの窓ガラスが激しく弾け散る。
後ろ?
時間がスローモーションのようになった。倒れる瞬間の景色。