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エイプリル・フール(第二部)

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「じゃ、犯人が本物と思っていた絵は偽物だったって事か。じゃあ、本物はどこにあるんだ?」
「それは、私には分かりません。しかし、犯人はなにか心当たりがあるでしょう。」
ちらりと社長の方に目を向けた。
深刻そう、と言うよりか険しい顔つきをして腕を組んでいる。
それはそのはずだ。この話を聞いて一番混乱を起こしているのは社長自身のはず。勿論、メモリーチップの事は知っているだろう。しかし、犯人が絵の存在をあからさまに匂わせてくるとなると、話は複雑であるだろう。
絵の話を知っていたのは社長と小笠原会長の二人だけのはずだったからだ。
今の社長の頭の中では、犯人の情報源が気になってしょうがないのだろう。
社長の黒幕説はやはり有効、いや、確かであることが判明した。
その証拠に絵画の事を皆と相談せずに一人で抱え込んでいた。
会議後、圭介は社長と個人的な話を希望した。社長室に潜入するためだ。
見取り図の設計を頭の中で反芻する。昨晩頭の中に叩き込んだため、鮮明に思い出す事が出来た。
「失礼します。」
会議はひと段落ついた。いざ調査開始だ。
「入れ。」
ドアを開け、社長室に入った。
マークがあった位置にあった物は、一目瞭然でただの本棚だった。
改めた口調で切り出す。
「社長、犯人に日本で会ってきました。」
「うむ。そりゃそうだろ。なにより、交渉が成立して良かった。」
「はい、ありがとうございます。ところで、絵の件ですが。いかがいたしましょう。」
「犯人の言う通りにしろ。」
日本にあると勘違いしていた犯人は交渉続行の要求をしてくるという設定。そして、本物があると指定した虚構の場所。しかし、それは圭介たちが作り上げたでまかせである。
社長の中では疑問も勿論だが、本物の絵のありかを知られなかった安堵の気持ちがどことなくあるはずだろう。
社長のイメージする犯人像は一体どのようなものだろうか。
「分かりました。では、このまま交渉続行で。」
「うむ。宜しく頼んだ。」
「はい。」
会話をしながら圭介は部屋の隅々を出来る限り観察した。最後にもう一度本棚を一瞥し、部屋を出た。
***
帰宅時間になると、圭介はまっすぐに帰路へ向かった。後からは上司の方の井上さんが着いて来る。
この一連の出来事で井上さんの見る目が大きく変わった。
長年会っていない息子の唐突な申し入れを受け入れた。しかも、行ってしまえば他人事。
この一転した立場で井上と話すのは初めてだった。
「井上さん、今回は本当に色々とご迷惑をおかけしております。何とお詫びしたらいいのか。」
「いや、いいんだよ。しかし、まさか息子とこんな形で再開するとは思わんかったね。」
そういえば、圭介は井上親子の間で一体なにが起こったのかを全く知らないまま事を進めて来た事に気がついた。無性に気になり、聞くか聞かないか迷っているうちに自然と圭介は井上さんに声をかけていた。
「あの、息子さんとの間で一体なにが・・・?」
「ああ。あいつとは、昔に縁を切っていたんだ。」
「縁を切ってしまったんですか?」
「ああ。親の言う事を聞かずに家を飛び出して行ってな。サラリーマンなんて嫌だっていってな。」
「しかし、彼の職場は確か・・・」
「そう。川端エレクトロニックスだった。最初はエンジニアを専門にしようと頑張っていたようだが、なかなかうまくいかなかったみたいでな。その時に、私が言ったのさ。」
「言った?」
「ああ。お前には無理だったんだ、結局サラリーマンじゃないか、そんな適当に就職した所なんて、やめてしまえ。そう言ってしまった。すると、あいつは怒った。そういう決めつけが僕をだめにした、と言ってな。」
圭介はただ頷くしかなかった。井上は続けた。
「しかしそれだけじゃない。川端エレクトロニックスは、情報機関だったんだ。だからこそ私は会社をやめろと言った。それがあいつに伝わったかどうかは分からなかった。本当の事を言う訳にはいかんだろう。」
その後、セーフティハウスに到着するまで一言も言葉を交わさなかった。
戻った瞬間、井上が声をかけて来た。
「収穫はあったかい?」
「さあね。」
「なんだよ、それ。」
「まあいいから。詳しく話すよ。」
そう言って応接間に全員を集めた。
「じゃ、はじめてくれ。」
皆が席に着いたところで山岡が促した。
「はい。結論から言いますと、社長室にその様な扉はありませんでした。しかし、一つ気になる事がありました。」
全員の目を見渡し、続けた。
「あるべき位置には本棚がありました。」
「本棚、ですか。」
木村が聞き返した。
「はい。したがって、その本棚が怪しいという事です。」
「まぁ、単純な考えだな。でもそれしか考えられないな。」
山岡が独り言のように言った。圭介は続けた。
「ですので、やれる事はただひとつ。」
恐らく全員も同じことを考えていただろう。
「潜入・・・か。」
木村が代表するように述べた。
「はい、しかも、誰もいない時に限ります。」

~第六章~

一連の出来事の終盤が匂う。翌日の夕方、セーフティハウスに戻ると山岡、井上、そして木村が既に準備を終え、のびのびと待っていた。
圭介と井上父もさっそく準備にかかった。万が一の時に備え、防弾チョッキや拳銃も武装することを決めていた。千恵子が時折不安そうな目を向けて来る事に、圭介は気付いていた。
午後七時。
食事を取り、時を待つ。夕飯は寅吉門が作ってくれたかつ丼を頬張った。
この勝負に勝つという願いがこもっているらしい。
旨い旨いと言いながら山岡がちゃっかりお代わりをしていた。
何となく全員が陽気な雰囲気を無理矢理作っているようだった。現実逃避の一種なのだろうか。
午後九時。刻一刻と時が迫って来る。
男五人で作戦の最終確認をするために集まる。
「では、11時に。」
そう言って圭介は会議を締めくくった。
自室に戻ると千恵子が待っていた。空ろな眼を向けて来る。
「どうした?」
千恵子は窓の方に寄って行き、外の景色を眺めた。
「いつ出発するの?」
「11時にここを出る。」
「そう。」
少し様子がおかしい。
「大丈夫か、千恵子?」
「うん、平気よ。ちょっと心配なだけ。圭介、昔から肝心なところでドジするからさ。」
お茶目な笑顔を向けて来た。
「何?俺がいつドジをしたさ?」
「そうね。まず、私と海水浴に行くのに水着忘れた事。結婚式の支度で外出しているとき携帯忘れて会社の人との連絡がつかなくなった事。真美が生まれるとき、病室間違えて遅れて来たこと。真美の10歳の誕生日のケーキのろうそくの本数間違えて、真美を怒らせた事。ロンドンに転勤になった時、学校の先生に挨拶しようと決めていた日に大風邪ひいた事。」
指を顔の前で折りながらスラスラと言った。よくこんなにすぐ掘り出してきたな。
照れくさくなって頭をぼりぼりと書いた。苦笑するしかなかった。
「そうだったっけ。」
「そうよ、散々だったわ。だから。」
千恵子が一歩踏み出してきた。大きな瞳をまっすぐ圭介の目に向け、両手を取り、それを力いっぱい握りしめた。
「だから、今回だけはドジしないって約束して。いいわね。」
妻の言葉がずっしりと心に響いた。
圭介は握られていた手を離し、千恵子の肩に回して引き寄せた。