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エイプリル・フール(第二部)

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倒れこむ圭介に向って、銃を捨てて桐島がスローモーションで走って来た。驚いた表情がやたら印象的だった。
倒れる寸前、最後の力を振り絞って後ろを一瞬振り返ってみた。
向かいのビルは駐車場だった。ぼんやりとした淡い緑色の光の中に黒い人影が立っていた。スナイパーだろう。
床に倒れ込んだ圭介に向って必死に桐島が呼びかけて来た。
自分の鼓動の音が激しく頭の中で響き、桐島の言っている事は聞こえない。しかし、口の動きではっきりと自分の名を呼んでいるのが分かる。
桐島は何度も繰り返し圭介の名前を叫んだ。
記憶が薄れて行く中、はっきりと圭介の印象に残っていたのが、駆けこんでくる、息子の方の井上の姿だった。銃を部屋の外に打ちながら転がり込んできた。しかし間もなく銃弾が切れ、カチカチと焦ったようにトリガーを引くが、何も起こらない。
部屋の外から銃声がする。一回、そしてもう一回。
井上がその場で倒れ込んだ。
部屋の入口にゆっくりと人影が現れた。
社長。
動けなくなった圭介の方にゆっくりと歩んでくる。圭介の真横にまで来て、上から覗き込むようにして話しかけた。
「君が日本にいった時から、ずーっと見張っていたよ、大橋。」
社長はそう言った。
「空港でも、ホテルでも、あのラーメン屋でもね。」
あのラーメン屋で感じた視線はやはり勘違いではなかったのか。
やはり、この社長を打ち負かすことは不可能なのか・・・
社長は桐島に何かを命令するような素振りを見せた。
桐島はゆっくりと立ち上がり、先ほど床に放り投げた銃を拾った。
そして銃声が一回、暗闇に轟いた・・・


全身が暖かい。
白い光に包まれている。
ここは、天国?
そうか。俺は結局、桐島に撃たれたのか。
決着はつけられず、ゲームオーバーか・・・

何かが手に触れて来た。かすかに声が聞こえる。
自分の名前を呼ばれていた。
圭介。
また、意識が遠のいていった。声もそれに連なり遠ざかる。しかし、それを食い止めるようにしてまた誰かに呼ばれた。次第に意識が戻って来た。
誰だろう、さっき俺を呼んでいたのは。
また声がかすかに聞こえた。
圭介。。。パパ。。。
瞼を開けた。また白い光が差し込んできた。眩しくてまた眼を閉じてしまった。今度はそっと目を開ける。光の正体が蛍光灯だという事に気付いた。
圭介の顔を千恵子が覗き込んでいた。隣には真美の顔もあった。
二人の目には涙が浮かんでいた。
「ああ、圭介!」
千恵子が顔を胸元に埋めて来た。
「パパ!」
真美は首に手を巻きつけて来た。
ぼんやりとした意識の中、圭介はあたりを見回した。
どうやら自分はベッドに寝かされているようだった。
「病院?」
独り言を呟いたつもりだったが真美が涙ぐんだ声で答えた。
「そうよ、病院よ。パパ、大怪我してたから。」
がらりとドアが開き、山岡と木村が入って来た。
二人とも驚いたような表情を見せた。
「大橋ぃぃぃ!!!お前、意識戻ったのか!」
山岡が似合わぬ花束を持ってドスドスと音を立てながら寄って来た。
「ほらよ。今日はお前の花束交換の日だ。」
そう言って窓の方を指差した。
なるほど、そこには少々古いが綺麗な花束が花瓶に入れられていた。
「彼はね、君が寝ている間ずっと花束持ってき続けたんだよ。」
木村が説明を加える。
「ばか野郎、そんなに持ってきてねぇだろ。」
照れたのか、山岡はさっと圭介から遠ざかり、花瓶に花をセットし始めた。
その時になって初めてまともな声を出す事が出来た。
「私は、寝たきりだったのですか?」
「ああ。三週間もね。」
木村がさらっと言った。耳を疑った。そんな長い間意識がなかったのか。道理で頭痛がするし、光がやたら眩しく感じられるはずだ。
「さて、大橋は大丈夫そうだから、私は戻るよ。」
木村が山岡に言った。
圭介は事件当日の事を思い出した。そう言えば、最後に井上が撃たれていたはずだった。
あいつは一体どうなったのだろう。
木村の出て行く間際に圭介は声をかけて呼びとめた。
木村は立ち止まり、振り返った。
「井上は、どうなったのですか?」
一瞬沈黙が訪れたが、すぐに木村がそれを裂いた。
「井上は、駄目だった。」
そう言い残し、木村は出て行ってしまった。
山岡はカーテンを開いて窓の外を見た。
眩しい西日が圭介の顔に直撃する。思わず顔を伏せた。
今までにいくつもの犠牲を伴って来たことか。胸の中にどんよりとした憎しみの塊が残っている様な気分だ。最後には桐島にまで裏切られて、終わったのか。
「それより、大橋。今どういう事になっているのか知らないだろう。」
「どういう事ですか?」
「小笠原貿易。ぜーんぶ、終わったよ。お前はもうなにも心配する事はねぇさ。」
「終わった?」
「おう。もう駄目だろう。あの夜の事、警察沙汰になったからな。」
「そうでしたか・・・」
圭介はなにか腑に落ちない物があった。形式的には小笠原貿易がつぶれ、圭介たちの勝利かもしれないが、胸の中のわだかまりは溶けず、どこかに残ったままである。
第一、何故圭介の自宅に社長はあの絵を隠す必要があったのか。そして、社長室の奥に隠されたあの二枚の絵の秘密は、一体何だったのか。
圭介の心中を読んだのか、山岡が説明を始めた。
「あの後、色々な調査で分かった結果なんだけどな。それが、あの二枚の絵は単にものすごい価値のある物だったらしいんだ。それを、川端エレクトロニックスが狙っていたらしいな。」
「川端エレクトロニックス?そいつらは、絵の事を前から知っていたのですか?」
「ああ、どうやらな。そうそう、だから、川端ももう終わりだ。全部洗われるだろうよ。」
山岡は圭介の方を見たが、特に何の反応もなかったので話を淡々と続けた。
「社長はあの絵を金の切り札として持っていたのだろう、という推理だ。」
「本当の事は分からないんですか?」
「分からねぇさ。死人の考えていた事なんて、分かりゃしないだろう。」
「え?」
圭介が驚いた反応をしたら、山岡が不思議そうに振り返った。
「ん?」
「社長、死んだのですか?」
「え、知らなかったのか。お前が倒れてた所に、社長の死体も転がってたぞ。頭を撃ち抜かれてて、即死だった。俺も危なかったけどな、意識ぶっ飛んでたし。」
圭介の頭は混乱で渦巻いていた。社長が死んだ?しかし、あの時、確かに社長は生きていた・・・そして、桐島に命令し、俺にとどめを刺させた筈だ。
「でもよ、誰だったっけな。。。あの時もう一人侵入して来た奴が、何とも俺らを救ってくれたんだ。最初はそいつともめていた筈だったのにな。おかしなもんだぜ。」

真実の記憶が蘇って来た。
向こうの部屋から漏れ出す逆光のせいで桐島と社長のシルエットしか見えない。
桐島はそっと圭介の体を地面に置き、立ちあがった。
銃を床から拾い、圭介の方に向けた。トリガーをグイッと引っ張る。
次の瞬間、銃口の方向を変えた。
横にいた社長の頭に素早く突き刺し、即座に撃ち放った。
エイプリル・フールの連鎖はついに断ち切られたのだった。