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エイプリル・フール(第二部)

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レンガ造りが基本となった家屋には正面にとても大きな窓が六枚ついており、どれも解放感が漂っていた。大きな門を通ると、玄関までは少し急な石造りの階段が伸びていた。
「しかし、立派なところだな。」
階段を登り終え、山岡が感心したように言う。
「やっぱりヨーロッパは違いますね。」
木村も辺りを見回し、さっぱりした笑顔をこぼしていた。
「どうだよ井上、久々のシャバの空気はよ。」
「いいね。」
山岡の質問にさらっと答えながら井上は鍵を差し込んだ。
ガチャリとして重そうなドアが開いた。目の前に立っていた大男に圭介は上がってきた階段からひっくり返りそうになった。二メートル近くあるだろう。後姿だけ見ると確実に外国人と見間違えるだろう。
「井上様、お待ちしておりました。」
「どうもどうも。知っていると思うけど、お客さん連れて来たよ。そこの二人をまず真美さんの部屋に案内してあげて。」
圭介と千恵子の方を指しながら井上は男に命令をした。
「かしこまりました。真美さんのご両親ですね。では、こちらへ。」
男に連れられ、圭介と千恵子は別荘の奥へと案内された。なにがセーフティーハウスなのかは良く分からなかったが、とにかく豪華な事極まりない邸宅だった。大理石の廊下の壁には高級そうな絵画が飾ってあり、数メートルごとにいちいちシャンデリアが天井からぶら下がっていた。少しばかり歩くと、ホールのような場所に出た。そこで男が話しかけて来た。
「大橋様、申し遅れました。わたくし、園部(そのべ)と申します。園部寅吉門です。」
名前に驚き、圭介はつい聞き返してしまった。
「とらきちもん?」
「はい。寅吉門です。この度は、内緒で娘さんを保護して、誠に申し訳ありませんでした。井上様がどうしてもとおっしゃったので。その節、私は真美さまの警護にあたっておりました。」
「それは、どうも御苦労さまでした。」
「こちらが現在真美さまのお部屋となっております。」
ホールの階段を上がり、二つ目の部屋の前で足を止めた。寅吉門は部屋のドアをノックし、入りますよ、と一言言ってからカードキーを差し込んだ。まるでホテルの様だ。
ガチャリとドアが開いた。
見渡す限り、壁紙は落ち着くような水色。どことなく綺麗に装飾されている部屋のベッド越しに、真美が座っていた。
圭介たちを確認し、真美は目を丸くした。
「ママ、パパ!!」
二人の方に駆け寄ってき、千恵子の胸の中に飛び付いた。
中学三年生とは思えない華奢な体つきをした娘。何年間もあっていないような気がした。
「あー、よかった、無事だったのね!心配したわ!」
真美がおかしな事を言う。
「心配したのはこっちだぞ、本当に。」
圭介は平然を装ったが、声が震えていた。
本当に、本当に無事でよかった。
圭介は奥の窓の方へ歩み寄り、外をのぞくふりをした。なぜか、娘に自分の涙は見られたくなかった。
「いい部屋に泊めてもらっているな。」
と呑気な事を言おうとしたが、声が出なかった。
ひゅーひゅーと涙をこらえる圭介の喉の響きは妻の千恵子だけには聞こえた。


~第三章~

アンティーク風の木製テーブルを囲むようにして圭介たちは腰をかけた。
雨で濡れないようにタオルで包んで置いた一枚の絵を圭介はテーブルの上に置いた。ヨーロッパのどこかの国の冬景色、と言った所だろう。和む雰囲気のある絵だった。
この一枚は、圭介がロンドンへ転勤になった際、小笠原貿易の社長と祝杯を交わした時に渡されたのだった。記念に、とその時は言われた。
この一見何ともない絵画が重大な鍵を握っていたのだ。
「その絵が、今回の事件の発端なんだよ。」
井上が腕を組みながら言った。
圭介たちはこの絵の真相を真美の口から聞くように井上から言われていた。そのため、今こうして集まったのである。
「そして、真美さん、君が引き金を引いてしまった。」
真美は申し訳なさそうに説明し出した。
「はい。実は、学校で使おうと思っていたポスター用紙を戸棚から取り出そうとしたときに、近くに飾ってあったこの絵を落としてしまったんです。」
圭介にとって初耳だった。千恵子もそうだったろう。
「落とした?」
「うん。それで、やばいって思って、すぐに拾ったの。そしたら、変な事に気付いたの。」
父親の圭介に聞かれたせいか、丁寧語は完全に消えた。
「変なこと?」
「うん、絵がね、もう一枚入っていたの。」
「え、もう一枚?」
「うん。額縁がはずれちゃって初めて気づいたんだけど、その表面の冬景色はただのペラペラな紙だったよ。」
「じゃあ、中にもう一枚?」
「そう。中にあったもう一枚は、ちゃんとした絵だった。」
山岡が口をはさんで来た。
「その絵を、見てみようじゃないか。」
井上が絵に手を伸ばし、そっと額縁を取り除いた。
真美の言う通り、今まで絵画と思っていた絵はペラペラの紙切れだった。
本物の絵画を見るために圭介は身を乗り出した。千恵子もそれに続いた。
本物の絵には、天使が描かれていた。天使が二人、どこかの教会の屋上で寂しそうに座っていた。
立体感のある絵だったが、実際に表面に凹凸があり、ぼこぼこしていた。
「これが、本物の絵か。」
「その様ですね。」
木村が頷き、説明を始めた。
「この絵こそ、問題の一枚です。真美ちゃんがこの絵の事を学校の沙希ちゃんに話したよね。」
沙希ちゃん。
本条沙希。
小笠原貿易社長、本条雄一の娘。三人姉妹の次女だった。
「はい。面白半分で、沙希にその事を話しました。」
「そう。そして、沙希ちゃんが父親である社長さんにその事を言ってしまった。」
テーブルの上に広げられた絵を見つめながら井上が言った。
要するに、真美の親友であり、圭介の上司の娘である本条沙希。その子と真美の何気ない会話から魔の手が伸びていたわけだ。
木村が説明を加えて来た。
「この絵の事を真美ちゃんに気付かれたという事を知った社長は、大橋一家の暗殺を企んだ。問題は、何故その様な事をしなければならないか、だ。」
「ものすごい価値があるんじゃないかしら。」
千恵子が呟いた。
しかし圭介は違う発想を練らせていた。しばらく考え込み、ようやく自分の思いを口に出した。
「違うな・・・この絵の価値は関係ないかもしれない。もし価値があるとしても、だ。うちらは情報機関、つまり情報が命。この絵には、なにか膨大な情報が詰め込まれているのかもしれない。」
「いいところに目を付けるな、大橋。」
山岡が感心したように言った。木村も頷いた。
「私達もそう思っていたんです。いや、そうに違いないと半分確信しています。」
情報。一体この絵のどこにその様な秘密が隠されているのだろう。
その夜、圭介たちは情報探しに取り組むことにした。とにかく些細な部分まで観察し、なにか印象に残った事はメモを取るようにした。無論、膨大な想像力が問われる作業だ。
しかし、このような平凡な絵画から、読み取れる情報は一向に集まらなかった。
圭介と井上の二人、そして山岡と木村の二人がペアになり、交互に絵を観察した。
時折真美と千恵子も顔を出した。
辺りは真っ暗になり、圭介たちのいる部屋だけに白熱灯がひとつついていた。ぼんやりとした光の下、作業は進められた。