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エイプリル・フール(第二部)

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さらっと部屋に流れたこの一言が圭介の胸に重く響いた。涙腺で留まっていた涙が一気にあふれだした。
「なんて言う迷惑を・・・」
その場でうなだれた圭介の肩をがっしりと両手で持ち、山岡が力強く言った。
「何、誰も迷惑だなんて思っちゃいないさ。木村なんて多分、足を洗う良い機会だとすら思っているぜ。」
そんな軽い人ではない事を圭介は知っていた。会社に戻らないという事は会社を裏切る、つまり自分の命を危険にさらすという事だった。
すっかり夜になり、クラブの客も盛り上がってきた頃に、木村が来た。
「木村さん。」
圭介は言葉に詰まったが、木村は平然と辺りを見回して言った。
「さて、これで面子はそろったのでしょうかね?」
山岡が煙草をふかしながら言った。
「ああ。恩に切るぜ。明日の朝一の出発だぞ。」
「それはこっちの台詞ですね。私のわがままを誠也さんに聞いてもらっちゃって。こいつの事、ほっとけなくてね。」
圭介はその場で泣き崩れた。

~第二章~

曇天の中、圭介はブラックキャブに乗り込んだ。ロンドンのヒースロー空港に到着してから、四人はばらばらに分かれて行動することを決めていた。そもそも、行き先が全員違う。
圭介は自分の家にまず帰ることにしていた。そこで妻の千恵子を拾う。そのあと井上を拾い、真美のいる場所へと向かう。
タクシーに乗っている間にポツリポツリと雨が降ってき、瞬く間に完全な雨天と化した。
雨が流れる窓の外を眺めながら、そういえばロンドンはこんなんだったな、と憂鬱な気分に浸っていた。
家に到着してタクシーを降りたところで異変に気付いた。
家の前にパトカーが一台とまっていた。
タクシーを降りる圭介に対して車内から一人の警官が怪訝そうな目を向けているのに気付き、嫌な予感がした。
鞄を傘代わりにし、駆け足で家の中へ入った。
「ただいま。」
家に上がると、見覚えのない靴が玄関に放置されていた。
あふれて来る焦燥感をこらえながら圭介は家の奥へ入った。すると、応接間に妻の姿、そして一人の男性の姿があった。警官だ。ごつい体つきをした白人の警官は、千恵子が立つのに倣い、立ちあがった。
「主人です。」
紹介され、何が何だか分からないまま警官に握手を求められた。
「どういう事ですか。」
久々に英語を話す気分だった。
「あなた方の娘さんから一切の連絡がないという事を報告されまして。先ほど、詳しい事情聴取に参りました。」
全身の血の気が引く気がした。
何故、またこんな厄介な方向に事が進まなければならないのだ。
「旦那さん、何か心当たりは?」
圭介はしらばっくれた。気が気じゃなかった。下手な行動を起こせば、これからのために企てた作戦全てが水泡に帰す。
「いつ頃から姿を現さなくなったのですか?」
千恵子が答える。
「はっきりと覚えています。五日前です。最初は、主人から聞いた話だと、お友達の家に泊まりに行ったとのことですが。」
「お友達のお名前は?」
「それが。。。分からなくて。」
「なんですって?」
警官との間にやたら気まずい空気が流れた。千恵子は攻撃的な視線を圭介に送ってきた。ものすごく責められているような気がし、圭介はただ謝るしかなかった。
「申し訳ございません。」
警官は考え込むように唸り、結論を出したかのように圭介たちの方に顔を向けた。
「分かりました。また後日、伺います。失礼しました。」
「すみません、ありがとうございます。」
千恵子が頭を下げた。外人の警官はその行動を少し不思議そうに見た後、
「では、明日にでも。」
と言い、去って行った。
圭介は応接間に座り込み、目頭を押さえていた。千恵子が玄関から戻ってきたところで露骨な溜息をついた。
「何で警察なんか呼んだ?」
「だって、あなた・・・じゃあ真美はどこにいるのよ。」
「真美には今日会えるさ。」
「え?」
「これから真美のところへ行く。」
「行くってどういう事よ?」
「いいからついて来てくれ。」
二人は傘を持ち、外へ出た。車庫に置いてあった車に乗り込んだ。エンジンをかけようとした時、圭介の手が止まった。
「あ、しまった。」
「今度はなによ。」
「大変な忘れ物をした。」
車を降り、再び戻って来た圭介の手には一枚の絵画があった。
「何でそんな物持って行くのよ。」
「これが全てだからだ。」
「一体どうしたの?どこへ行こうっていうの?」
「まずは井上さんの自宅だ。そのあと、真美のいる所へ行く。」
エンジンを入れ、狭い車庫から車を慎重に出した。
井上の自宅はロンドン郊外にあった。自然を愛す井上夫妻は、街中よりかそっちを選んだと言うのだ。何度か足を運んだ事があったので迷わずに到着する事が出来た。
ドアベルを押したらすぐに井上の息子が出て来た。
「少し遅かったじゃない。」
「いいから入れろ。雨でぬれる。」
「はいはい。」
中に入り、おじゃまします、と挨拶をした。
「父、今いないから。母はいるよ。」
井上がそう説明したら、井上夫人が奥から出て来た。井上と同い年とは思えないほど若く見える品のある女性だった。
「あら、大橋さん。と、奥さんもご一緒で。」
来客を予想していなかった口調だ。それを察したように、千恵子が口を開いた。
「いきなり押しかけてしまって申し訳ありません。主人が、まずここに来ると、訳のわからない事を言い出して。」
息子の方が口をはさんだ。
「いいんだよ、僕が呼んだから。でも母さん、僕はこの人のおかげでここに戻って来る事ができたのさ。」
「え、大橋さんが?」
「うん。」
いきなりインタビューを申し込まれたテレビ番組の傍観者のように圭介はあたふたしてした。
「いや、色々な事情がありまして。」
圭介が苦そうに言うと、井上夫人は深々と頭を下げて来た。
「それはもう、本当に何とお礼をしたらいいのか。」
「あ、いや、本当にたまたまなんです。」
「どうぞ、お掛け下さい。お茶でも入れますね。」
頭を上げながら井上夫人は言った。奥に行こうとする彼女を圭介は制した。
「あ、井上さん。私達は今日、息子さんと少し用事があってお邪魔しているのです。どうか、お気になさらないでください。」
キョトンとした母を見て、井上が説明した。
「どうせ、すぐ僕も一緒にここをでるからさ。気にしなくていいよ。」
「あら、そうなんですか?」
答えを他人の口から求めるように井上夫人は圭介に聞いた。
「ええ。ですので、私達はこれで失礼します。」
かなり困惑した様子だった井上夫人を置いて圭介たちはそそくさと家を出た。
車を発進させながら圭介はちらりと横を見ると、千恵子が頭を抱えていた。状況が全く理解不能なのだろう。
木村と山岡は二人でビジネスホテルに宿を決めていた。まずその二人を拾い、真美がいると井上が言う“セーフティーハウス”へ向かう事にしていた。
二人を拾い、井上に案内されながら車を走らせること約一時間、郊外の別荘地についた。
「ここの別荘地の一つがセーフティーハウスなの。そんなかに真美さんが保護されているよ。さあ、行こう。」
たらたらと車を走らせ、井上が指定した立派な家屋の前に車を止めた。