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TheEndlessNights(1)

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6/20/Night



彼女には夢があった。
彼女には友があった。
彼女には希望という名の未来があった。
確かな充足がそこにはあった。
凪原聖は光に満ちていた。
だが、この晩全てを失った。
17年間、大切に少しずつ、積み上げて、磨き上げて築いてきた自分とその一部である世界。
拙い事が多々あった、失敗も少なからず起こった、自身を投げ出したいと思うことだってあった。
それでも、大切だから、決して手を離さなかった。そんなかけがいの無いもの。
「お願い、正気に戻って! 那美!」
たった数分の間に、そのか細い手から全て捥ぎ取られ。
握り潰された。踏み潰された。轢き潰された。
この日から。聖は、地上を包み隠すような夜も、それを黙認するような星々も、哀れむような満月も。皆、大嫌いになった。
そしてなにより。
「救いたいなら。一思いにしてやることだ、それ以外に道なんて無い」
なんの救いも齎さない、悪魔の尖兵を送り込んだ神様と尖兵に成り下がった自分が。大嫌いに、なった。
那美。彼女が親友と呼んだ10年来の友人。
那美。彼女の肉を求め悶える変わり果てた屍食鬼(グーラ)。
尋常じゃない力が、獣のような唸りが、もう那美は、那美ではないと告げていた。
馬乗りに押さえつける聖も傷だらけ。その傷全てが那美によって付けられたものだ。
噛み傷、引っ掻き傷、野獣にでも襲われたような状態だ。
痛みも出血も酷い、押さえつけるのも限界だった。
助けよう。終わりにしよう。悪夢は私が見続けよう。
もう、頬を伝う熱いものが涙なのか、汗なのか、血液なのか。その全てなのか、解らない。
ただ、彼女は人の涙の源泉に底があるのをこの時、初めて知った。
聖は、手にした十字架を握り締めた時。流れ出る全てが果てたのを感じた。
救いがそれしかないのなら、那美がそれで救われるなら。
せめて、私の手で。
(私も勉強頑張って聖と一緒の大学いくんだ)
親友の、那美の屈託のない笑顔が聖の脳裏を横切った。
親友だった怪物の胸に、その渾身の想いを叩き付けた。
皮肉な話だった。神を憎んだ、この夜から彼女は神の代名詞である十字架を、その首に提げる事になる。まるで奴隷や飼い犬、畜生が首輪を科せられるのと同じように。
それはほんの些細な抵抗かもしれない。十字架の向きだけがまるで逆さ。上下が逆。
彼女は知らない。
その十字架の名前は『ブラドクルシフィ』、今日以前より神々の反証として存在する。
魔導の鍵だという事を。
突如。那美、相沢那美と呼ばれていた怪物の頭が弾け飛んだ。熱したポップコーンのようにまるで当然の如く。そして、彼女は初めからこの世に存在しなかった様に赤い染みだけ遺して消えた。
聖の十字架は到達点を失って空を切り。
勢いをそのままにアスファルトと那美であった赤い液体を叩いた。
「くうぅ!」
何が起こったのか理解できなかった。親友は突如、聖の前から消えてしまった。
勢いを殺し切れず、十字架はアスファルトにぶつかり火花を散らす。十字架の衝撃を抑えきれず、その手から弾け飛んだソレは彼女の左目に直撃し、甲高い金属音を立てながら、その視界の半分を奪って目の前に転がった。
焼けるような痛みが瞬時に彼女の左目を襲った。
左の頬を伝って暖かい液体が流れ落ちるのを感じた。
枯れ果てたと思った瞳から流れ落ちたソレは、一体なんなのだろう。
「いぃ…ひぃっ…うぅうぅぅ」
助けることも出来ず。
救うことも出来ず。
何がなんだかわからなくなった。
凪原聖という現象、凪原聖という感情、人格、存在から湧き上がる何かを感じた。
そしてそれは、体中から、そして失った左目から、溢れて流れ出す。
激痛にのた打ち回り、左目を抑えた手についた溢れ出る何か。それを残った視界で捉える。
そこには赤い液体が付着していた。
そうか、涙が枯れ果てた後は、血が流れ出すのか。
爆発なのか、崩壊なのか、我慢できず、吐き出した、決壊した、存在の最後の発露は、この深紅の液体なのか。
「その十字架を自身の胸に突き立てろ」
悪魔の尖兵の声が聞こえた。
尖兵は私の前に背を向ける形で立っていた。尖兵の名前を私は知っている。
「憎いだろう、この者の行いが、この者の業が、この者の存在が」
三笠晴樹。
この名を、私はこの存在のあり続ける限り呪いの言葉として吐き続けよう。
そしてなにより。
「私は食べ残しを片付けただけ。業だのと大袈裟な物言いだ、三笠の」
三笠晴樹の正面に立つ男。
私を、いや今は亡き親友を指差す男。
私から全て奪った男。
私の救いすら奪った男。
銀の長髪、漆黒の瞳、そして夜の帳を纏う男を。
口に出すのも憚られる、おぞましき存在を全てを消し去ろう。
「お前、名乗ったな?」
彼女は立ち上がる。
その手に反証を握り締め。
その左眼から存在を発露させ。
そして、何もかも投げ打つために。
「……ほぅ」
全てが尽きたとき、この血潮は肉体の器を破って流れ出るのだ。
なら、何もしてやれなかった私は、那美の為に、何より私の自身の為に。
枯れて果てた涙に代わり、私のこの赤が枯れて果てるまで流し尽くそう。
そして、
「ルードヴィッヒと、名乗ったな!?」
「覚えて頂いて光栄です。お嬢さん」
この、忌まわしい名前も存在の全ても跡形も無く流し去ろう。
全てを流し出すしかしてやれない私が、那美の為に何より私自身の為に。
その一滴も、搾り取って、ぶち撒けて、霧散するまで、ただの一点の染みも残さないように。枯れ果てるように。
「枯れて、果てさせてやる!この腐れ外道が!」
一層勢いを増して流れ出る赤い涙を感じながら。
私は反証を自身の胸に突き立てた。
作品名:TheEndlessNights(1) 作家名:卯木尺三