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TheEndlessNights(1)

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7/20/Day



『化け物は私達だけじゃないわ』
絶望というのは末期の癌だ。先には何もないのである。
いっそ死んでしまおうという気さえ起こらない。
いっそ好き放題暴れまわってやろうという欲望もない。
ただ、何もないのが、絶望だ。
その意味では、弥月はまだ絶望はしていないのかもしれない。
受け入れるのが容易と言えば天地も引っ繰り返る大ペテンである。
だが、決定打を打たれた以上、拒否も否定もままならなかった。
結局、彼、弥月は、面白くも無い与太話を全て受け入れざるを得なかった。
そして、何より。
「おっはよ、やっつっきっ~!」
変わらず流れ続ける日常の風景が、彼にとって腑に落ちない何かしこりの様な居心地の悪い感覚を残す。
「?やつき~?」
冷静に考えてみたら別に何も不思議な事は無い。自分は世界にはなんら影響を及ぼすことも無い、一個人。一般人だ。
例え、昨日死んでいようが、明日死ぬことになろうが。世界は何事も無く動いていく。
「やつきってば!」
新たな命は生まれるし。
学生は学校に通う。
会社員は仕事に出かけていき。
主婦は家事や育児を行うだろう。
世界各地で行われる戦争が終わるわけでも、ましてや世界が終わるわけでもない。
俺が死んだ所で、俺の世界が終わるだけで、ただそれだけだ。
何も変わらない、何も。
「やああああつうううううきいいいいくううううううんぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
「だぁ!うっさいなぁ!裕也ぁ!人がシリアスモードだってのに!」
やはり、まだ、絶望と言うには程遠い。彼はまだ何も失っていないし、捨てても居なかった。
この日常も、自分自身も。あの悪夢の夜、死神の鎌を握り締めたあの時からなにも。
自身の不幸と空気を読まない友人の元気たっぷりの声についた、深い深い溜息が何よりの証拠である。
「なにさ?シリアスモードって?秘蔵のムフフビデオに割とどうでもいいバラエティ番組を上書きでもしたの?」
ここは無双弥月の通う高等学校、私立三種第二高等学校の二年C組の教室。偏差値で言えば50チョイ上のごく一般的な高校だが、併設して二校に分かれた変わった学園だ。この町ではもっとも大きな学校であり施設でもある。
彼の学力は平均よりも下だったりするが、受け入れ人数の多さと、何より家から近いという魅力から彼はこの学校に進学する事に決めた。
彼曰く、朝は何より余裕が肝要。日本人は勤勉な民族だが余裕が欠如しているのはいくない。疲労とストレスは社会を疲弊させる害悪なのだ。
朝くらいは爽やかな空気を満喫しながら、二度寝する。それぐらいの余裕が必要なのだ。
そんな彼の主張はさておき。
「いつ時代の発想なんだ、お前は?今はDVDやHDDが主流の世の中ですよ?そんな大事なデータならとっくに外部HDD(パス付)に隔離済みだわ!」
空気の読めない友人こと、クラスメイトの新辰裕也(にいときゆうや)とのいつもと何も変わらない会話が弥月の脳内を暗く彩っていた霧を晴らした。
男にしては長ったらしい首元まで伸びた茶色の頭髪、だが不思議と不潔ともだらしないとも思わせない清潔感のある身なりにノンフレームの眼鏡。年齢より幼く中性的な顔付きに温和な雰囲気とやや緩いが嫌味ではない笑顔を常に湛え、華奢な肢体を持つ男だった。
裕也と弥月の出会いは一年前の入学式に遡る。が、まぁ大したことはない、同じクラスになって馬が合って仲良くなり、二年のクラス変えも偶然同じクラスになった。それだけの話だった。
馬が合った、というより、仲良くなるのは当たり前の事の様にさえ弥月は思った。
温和で、いつも明るく、なんだって話せる近しい他人。
絶妙な距離感を保っているようで、いつの間にか人の懐に入って手を差し伸べてくれている。素直にその手を掴むと、なんだか自然に自分も明るくなるような気分にさせてくれる。
そんな不思議な雰囲気を持った人間は弥月にとっても始めての出会いであった。
性格の問題だろう、思った事、気になった事を捨て置けない弥月は、生来人付き合いが不得手な性質だった。その弥月をそのまま受け入れてくれた友人の存在は弥月の中でも大きなものだ。
朝、あんな事があったのに、のこのこ学校に足を運んでしまった理由だって。
裕也と顔を合わして、下らない話に花を咲かせたかった。それだけの理由なのかもしれない。こいつと話せれば、この気分の悪い話も、少し忘れて居られるんじゃないかと。
だが、この友人の力を以ってしても。それは叶わなかった。
目の端に写った、机に立てかけた一本の棒切れ。
『化け物は私達だけじゃないわ』
あの刀が、目に付いた。
聖の台詞が、ふと頭をよぎる。
この言葉の意味するところは。とどのつまり。
「変なとこマメだよね、弥月って…。で?」
「で?ってなんだよ?」
「いや、だからさ、僕の爽やかなグッモーニンコールを華麗にドンスルーした明確な解答を求む。な訳ですよ?」
裕也の声で現実に引き戻される。どうやら弥月を心配してくれているようだった。
軽口では有るが彼なりの負担にならないような気遣いの表れなのかもしれない。
この日常からも自分は既に放り出されてしまっているのかもしれない。
そんな不安を振り払いながら。
弥月も、彼に習って応える事にした。強がりに他ならないのだが。
「スルースキルに定評のある無双さんの神スルーに意義があると?」
「え~と…どっから突っ込めばいいの?」
「俺はね、常に世の中の情勢に思いを馳せてるのさ、どうして世界から争いはなくならないのか?どうして貧富の差は生まれるのか?皆が平等に幸せに暮らせる方法はないものか?とかね?」
「……朝一から賢者タイム突入してるんですか?無双さん?」
やはり、弥月の身に降りかかった自体とはなんら関係なく、この何気ない日常は、その一コマすら変わらず、流れていった。
やがて、教室には弥月等の担任が現れ、ゾロゾロと生徒の大移動が始まる。
夏休み前の校長先生の自称ありがたいお言葉を頂きに講堂へ集合するためだ。
ありがたい言葉が何故自称かといえば、当然、それが学校、乃至校長の主観による見解で、それをそのまま受け取る者より受け取らない者の方が大多数を占めるからに他ならない。
一部例外を除き、夏休みという高級人参を目の前にぶら下げられて浮き足立っている状態だというのに、挙句に「待て」まで食らうとは、考えてみれば殺生な話だ。
開放的な気分になるのはしょうがないが自制しなさいとか。
規則正しい生活を心掛けなさいとか。
まぁ要するに毎年御馴染みの釘差しだった。
弥月自身例外ではなく、話の内容は三分の一も記憶には残っていなかった。
だが、その理由は例外だった。彼の頭に巡る思いは恐らく、この場に居る誰とも違う。
夏休みに期待と希望を投影する青春真っ盛りの年頃の学徒達とは。
講堂に綺麗に整列した生徒、壇上の校長を見上げたり、隣の生徒と密談をしたりする生徒の中、唯一人。
彼だけは、頭を垂れる様に視線を下に落としていた。
正確には、彼が目に写していたのは、自身の手に握られた布袋に収められた一本の刀。
彼の頭には、まるでフラッシュバックのように今朝の出来事が思い返されていた。

『それは、常に持ち歩いていて』
少し冷静さを取り戻した、弥月に、凪原は何かを投げ付けて来た。
作品名:TheEndlessNights(1) 作家名:卯木尺三