ゆめくい
まず、空想上のナイフを認識する。こころと言う狭い折の中で泣きじゃくる二人はまるで子供のようでもあり、人間らしくも思えた。時として人は救世主にも成り得る。良い例がイエス=キリスト。彼は自らを神の使いとしてその教えを説き、様々な者を救ったと言う。その死に際は実に綺麗で、すべての罪を背負って死を迎えるなど到底『人間』には出来ない所業だ。そっと、今まで溜め込んでいた退屈を噛み潰してナイフを掲げた。真っ暗闇、月の亡い夜を連想させる精神の中ですら輝いたように観得るそれはおそらく『恐怖』を生み出すに相応しいのだろう。突然の侵入者に戸惑うのは至極当たり前のことであり、けれどオレからすれば泣きじゃくっていた二人をよく理解していた。何時だって、傍観していたのだから。別に乗っ取ろうだとか表に出ようだとかは考えていなかった。傍観にも慣れてその内楽しさを見つけられるようにもなっていたし、世界は十二分に汚いと知っていた。けれどこのまま二人を放置してしまえば迎えるのは自殺と言う?死?だけだろう。それだけは存在を危ぶむ為勘弁だ。瞠ったふたりの瞳に映るのはやはり、畏れ。
浮上すると世界は実に赤かった。掌は血だらけだし死の臭いで溢れている其処はどうにも臭い。か、ら、ん、と落ちたナイフに映った黒ずくめの男に、ああと呟きを漏らす。
「実に興味深いネ。血筋による人格争いカ。キミタチの一族は毎回何かしらでワタシを愉しませてくれル」
「知らねーよ。ただ単に、空いてるモンは使わないともったいねーってことだし」
「道理だネ。寧ろヒトとしての鏡カ? どちらにせよ、そのイレモノはキミの物だヨ。"魂"」
「その呼び方やめねェ? モロって感じでなんか嫌になる」
「じゃあ何ト?」
「白と黒だったからなー……灰<カイ>でどうよ?」
「中間にしては随分と自立しているネ、キミ。本当面白イ」
(――シロは"肉体"であり、クロは"精神"であった。この二つでも十二分に生活は出来るが、欠けている。人間は魂・精神・肉体の三つで出来ているのだ)
そうしてひょっこりがらんどうに生まれたのがオレであり遠野最後の生き残りでもある。この後警察に出頭し事細かに説明をしたがまともに取り合ってはもらえず強盗殺人事件として処理。けれどアキさんは『遠野』のことを少なからず知っていたのか、野放しにすると危ないと保護対象として釈放。権力を振り回すのが格好いいと思った、最初で最後の、現在から五年前の出来事だ。