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ゆめくい

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 3. 九月下旬


 ガチャリ、と鍵を開けたらデジャビュ。冷蔵庫を漁っている友人の口には銀色のスプーンが銜えられており、その手には買い溜めしておいたスーパーカップのバニラ味がひとつ。一体何処から入ったのかは問わないでおこう。オレの砂糖一欠けらしかない良心がそう呟いた。
「たまにはチョコレートもアリだと思うけどネ」
「だ、か、ら。オレはバニラでいーの! チョコは何? 童貞っつーこと? っつうかばっくん食いたいなら自分で買って来いよ! そういえばこの前報酬たんまり貰ってんじゃん!」
 七割あればスーパーカップどころかダッツ十箱以上は買えるよね! 実は殺し屋って儲かるんじゃないのかしらと本気で思うが死体の処理代とかを含めるとでも三割程度しか残らないのかもしれない。焼いて白骨にして放置、なんてことは流石に出来ないし。
 冷蔵庫から手を離して何時も通りの定位置へ腰を落ち着かせて優雅に足を組んでみせる。どっちが主かわからなくなるなこれ。
「アレは妥当な金額だヨ。寧ろ全額貰いたいのを譲歩してあげたんだからキミは喜ぶべきだろウ?」
「……もしかしなくとも調査ミス?」
「もしかしなくとも調査ミス。――とは言え、アレは実際接さないとわからないネ。彼女、もうとっくに、人、間、を、辞、め、て、い、た、か、ラ」
 嗚呼、つまり九条真希も疾うの昔に"異常"だったわけね。そりゃあもっと詳しく調べないと出て来ねーわ。扉を閉めてホールドアップして魅せればばっくんは下弦に笑んだ。今日は真ん丸いお月様なのでとても不釣合いだ。
「凄いよ、彼女。名前でヒトを操れるみたいダ」
「忌み名じゃなくて普通の名前で?」
「嗚呼」
 忌み名とは赤子の時に付けられたもうひとつの真実の名前だ。それには力が込められており、名を使えばその人を操れると言う伝説を持つ。だから決して忌み名は明かしてはならない。それを知っていていいのは、その赤子の両親だけ。血と肉の契約をしたからこそ知ることの出来る名前。本人すら知らない名前。けれど、九条真希はその真実の名ではなく、普通の、所謂氏名だけでその人物を操作出来る能力があると言う。どんなカラクリだ。
「ばっくんも操られて殺されかけたってこと?」
 ヒュウ、と口笛を鳴らす。まさか殺し屋を逆に殺してやろうというぶっ飛んだ発想を実行しようとする、しかも女が居たなんて! アキさん以来のそのイカレた脳ミソにオレは思わずハレルヤを大合唱してやりたくなった。
「真逆。ただの名前なんかに操られるなんて下等だロ。名は所詮、個人を特定するために呼ばれるモノだ。ワタシの名前なんてもう昔に捨てちゃったからネ」
「夢喰い獏がよく言うぜ」
 他人の夢を喰すと謂われる動物、獏。その名を借りている目の前の殺し屋は実に愉快そうに笑っている。そう言えば五年前もそうやってこの殺し屋は俺たちの前に現れたんだったっけか。曖昧ながらも鮮明な記憶が走馬灯のように駆け巡る。もう五年も経つのだと知らされた。
「じゃあなんで七割なのさ? 楽しかったんでしょ」
「楽しかったヨ。彼女、名を支配する度その重さに吐くみたいだったけどネ。問題は此処からだ。キミ、殺害するのは妹だって言ったろ? 生、き、て、た、んだよ、二人とも」
「――はあ?」
 思わずマヌケな声が出てしまったが、そんなことはさして気にもしていないらしい。ばっくんは口からスプーンを離してまた淡いクリーム色のアイスを掬う。百円といえどアイス。美味い不味いは別として、普通の食事よりかなりお手頃なのは確かだ。
 生、き、て、い、た? ――九条真衣が、か? 首を傾いで先を促せばばっくんはやっぱり笑んだまま、愉快そうに話を続けた。
「九条真希を自宅前で殺害。だけど死体処理時に見つけた生徒手帳には何て書かれてたと思ウ? 九条真衣の名前があったんだよ。で、まあビックリ! この餓鬼は姉の方だ! 自宅を捜索したところ、本物の九条真希は地下に監禁されてたヨ」
 芝居がかった口調を些か鬱陶しく思いつつもその真実には流石に驚いた。アキさんの調査では姉の真希は妹の真希に殺害され、この町内を逃亡しているとのこと。その後オレが詳しく調べても、その結果は揺らがなかった。――見立てとして。妹は姉になりたかった。姉の真衣は成績優秀、運動神経抜群。対して妹の真希は姉の所為で何に関しても至って平凡。普通であることは別に悪いことではないのに、持って生まれた憧れと言う衝動に気付いてしまい双子であるはずなのに相違点の多さに絶望し、姉になろうと真衣を殺害。よって『九条真衣は殺害された』。この事実は揺らぎようが無かったはずなのに。
「まあ、結局二人とも始末したからイイけどネ。ちょいっと面倒だったから貰ったんだよ」
「狂ってんな」
 何もかも。
 おそらく、見立ては正しい。九条真希は九条真衣を殺害しかけた。だが、真衣は名を知ることで他者を支配できるため真希は返り討ちにあった。覚醒は姉の方が早いものだ。そして、殺すわけにもいかずひっそりと地下に隠したのか。真希として過ごせばその"異常"も隠せるし、何より気持ちが楽だ。何をしても『普通』の真希ならば、真衣として伸し掛かるものは何も無い。それはなんて無様な生き方だろう。
「異常を来たした頂上には何があると思ウ?」
「更なる"異常"、か……」
「予測としてはネ。近い内この街は今の倍の"異常"で溢れるかもヨ。なァ、起源のキミとしてはどう思ウ?」
「――――――」
 走馬灯から、フラッシュバックへ。鈍器で脳を直接ぶっ叩かれた気分を味わってしまって思わず嘔吐したくなる。クソッタレな神様、今日も今日とて哀れな子羊には目もくれないのですね! ジーザス。
「下手すっとオレが幕を閉じたりとか……?」
「下手ヲするとそうなるかもネェ」
 かんらからに嗤うばっくんではあるがそんな事態は是非とも回避したい。与えられるとしたら、物語の主人公よりもそこらへんに生えている草の役でいい。たとえ火の中水の中、それで命を落としたとしても別にそれが人生だと諦められる。"起源"となったのは単なる偶然。そもそも切欠はオレではなく別のオレ。つまり、無関係な人間は巻き込むなよ神様、を唱えてやりたいのであった。
作品名:ゆめくい 作家名:asa