ゆめくい
2. 九月中旬
真夏の終わりにゲリラ顔負け、やって来た台風は商店街に甚大な被害を齎した。おかげで我家も天井から雨漏りと言う痛手を受け、ノアの箱舟が恋しくなる衝動に駆られた。だが現実と言うのは何時だって前向きで、そんな箱舟よりも艦隊の方が強力であったりして実に惨い。幻想というのはそういうものだと、台風は改めて町の住民に知らしめた。
「……ボロいな」
「え、何その追い討ち! アキさん超ひでぇ……!」
ビシッと真っ青なスーツを着込んだアキさんは今日も今日とて鬼のように容赦がない。寧ろ鬼だ。鬼顔負けだ。この人が鬼じゃあなかったら実際の鬼は何なんだ。俺、小指一本で片付けらられそうな気がする……。そんな思考回路を知ってか知らずか、天井からぴちゃん、ぴちゃん、と可愛らしい音を立てて落ちてくる水滴のハーモニーを鬱陶しげに見遣りながらご丁寧に溜息と呆れをシェイクさせ息を吐いた。天井が風に持っていかれるだとかそんな甚大な被害は受けなかったものの、雨漏りが本当に酷い。数えてみれば十七箇所もある。冷蔵庫の上が無事だったのが唯一の幸いとも言えよう。
「下手をすると報酬だけじゃ足らんかもな」
「えっ、何、今回そんなに安いんスか!?」
困る! それは非常に困る! 俺の生活が係ってるんですけどアキさん!
「いや、額は普段と変わりないんだが、"始末屋"が珍しく自分で来てな。七割は持って行ったぞ」
「ばっくーんッ!」
何コレオレの死亡フラグ? 死亡フラグなの? 折角働いても普段の三割しか貰えないって何これ。アキさんから受け取った封筒はやはり何時もより薄く、中の諭吉さんも少なかった。七割ってかなりデカイな……。何、今回はそんなに手こずったってこと? あのばっくんが? そんな馬鹿な。殺し屋のレベルなどオレには到底わかりはしないが、ばっくんが兎にも角にも強いということはきちんと理解している。何せ殺し屋のくせに仕事を選ぶのだ。きちんと相手を殺すのに理由があり、それに自分が納得しなければ手を出さない。人を殺すと言うことはその人の人生を"犯す"と言うことだ。まったく繋がりのない人間と縁を持つとは下手をすれば自分に死を招くことにもなりかねない。それでもばっくんがこの仕事をするのは最早神様が出来ない所業を代わりに行っている(神の代行)ようにも取れる。造り過ぎてしまった人間を、可能な限り減らしていく作業。それで金をも取るのだから立派な商売だ。
「彼奴曰く、"面倒だった"らしいぞ今回は。お前、調べ方を間違えたんじゃないか?」
「ですかねぇ……? ばっくんが半額以上を持ってくんだからそうかもなぁ」
基本的に、警察で手の負えなくなった仕事はアキさんが俺に依頼をし、俺がばっくんへ仕事を紹介する。俺は謂わば仲介人だ。ばっくんは金に頓着をしない奴なので安い時もあれば、つまらない仕事の時は大金を要求したりする。俺との間では半額以上を要求したことは無い(つまりは仕事の殆どが"愉快"なものだったということか)ため、今回は完全につまらない仕事だったのだろう。あと、オレの調査ミス。今度会ったら御詫びにハーゲンダッツでも奢ってやろう。……たぶん。