私の主張
「へーっ春くんて名古屋っこなんだ。」
「そうなんですよ。だからこっち来る前にスガキヤ味噌煮込みうどん買いだめしちゃいました。」
「すがき…?」
見てくれ。
僕たちはもうすっかり和気あいあいとうちとけた会話をしていた。
すごい、なんて進歩!!
これがつい数分前まで鳥肌たててた男なのか?…否、そんな男はもう何処にもいなかった。
(…それにしても初日で春くんか。そんなに僕が好きなのか?)
僕は若干馴れ馴れしさに戸惑いつつも楽しく会話を続けた。
…それからしばらくたって、バス停に辿り着いた時だった。
まだバスは来ていない。
ふと隣を見ると、素敵女子が真っ青になって今しも倒れそうな顔をしていた。
「だっ大丈夫ですか大丈夫ですか!誰かAEDを持ってきて下さい!!」
焦った僕は必死に記憶をたぐりよせ叫んだ。
高校の保健で習ったことがやっと今役立つ。
でも周りに人はいなかった。
それに素敵女子が「大丈夫意識あるから」と急いで訂正してきた。
「ごめん、ちょっと貧血気味で…。最近バイト忙しくて。」
素敵女子はふらふらと揺れる。
僕はそっと肩を支えた。
「働きすぎはよくないですよ!…僕になにか出来ることがあったら言って下さい。」
素敵女子は黙って僕を見つめた。…大きな瞳を潤ませて。
「あっありがとう…。ごっごめん私ったら…そんな優しい言葉かけられたの久しぶりで…。」
…彼女の瞳からは、ぽろぽろと美しい涙がこぼれ落ちた。
僕は何故だか胸がきゅんきゅんした。
甘く柔らかい不思議な感覚が体全体を包みこむ。
少しのデジャブ。
この妙にこそばゆい気持ちは…。
僕がもんもんとしている側からまた素敵女子がふらりと揺れた。
「…あぁ…」
「しっかり!…しっかりしてください!!」
柔らかく細い肩。
お花の様な香り。
「あと…ちょっとなのに…」
彼女は朦朧としながら何事か呟いた。
「え?何がですか?!」
「あっあと20万で…父さんを借金のカタから助け出せるのに…。」
…
「!!」
僕は涙を流し力尽きた彼女を日陰にそっと移動させ、バスを待たずに銀行まで走った。
…ぼくの今月の仕送り(生活費)+お年玉貯金でならなんとか賄えるはずだ。
あんな、儚げでか弱い女の子が父親のために体をぼろぼろにする必要はない。
ここで立ち上がらねば男が廃る!!
…僕は一旦廃りかけていた男をなんとか取り戻し再び走ろうとした。
しかしちょうど近くのバス停から彼女が現れた。…多分僕が去ってすぐにバスが来たのだろう。
彼女はスタスタと駅のハーゲンダッツへ入って行こうとしていた。
きっと酒飲み麻雀親父のためにアルバイトをしようとしているに違いない。
…僕はあまりの健気さに涙が溢れそうなになるのをぐっと堪えた。
そして代わりに今まさに店へ入ろうとした彼女に走りより、腕をぐっと掴んだ。
…とたん彼女はぎょっとしたような表情を見せ、隠すこともせず動揺するように肩を震わせた。その時、可愛らしい瞳に焦りが見えた。
「あっこれは、その…」
彼女は困った顔で言葉を濁らせる。本当は体も心も限界に違いない。
…僕は「わかっているよ」、と首をふり、彼女の小さな掌に今おろしたばかりの20万円の札束をぎゅっと握らせた。
それからぽかんとする彼女を置き、走り去ったのだった。
…口座はスカスカでも、高揚感で心はずっしりと心地好く重い。
…大丈夫、来月また仕送が来るのだから。
僕は優しく溜め息をつき、残された今月を仕送り無しでどうやりくりするか考えていたのだった。