私の主張
彼女は当時僕と同じ班だった。
嬉しくてつっつきあい、目配せしあう阿呆な男子たち。…そのなかに僕もいた。
その日の総合学習は作文だった。なぜか国語じゃなく総合の時間にやるはめになったのだ。
テーマは「私の主張」。
僕はちらりちらりと彼女を見ながら書くので全然進まない。確か自分はコアラのマーチにカレー味を入れようと主張していた気がする。
…愛染ちゃんは静かにカリカリとなにか書いていた。僕はうっとりとみとれていた。
そのあとの運命なぞ露しらず。
…結局その日僕の作文は「僕はカレーが好きだ」までしか進まず、しかたなしに家に持って帰ることになってしまった。
その帰り道だ。
僕は偶然愛染ちゃんと帰りがかぶってしまった。
いつもは僕のがさっさと素早く帰っていたのだが、その日はたまたま委員会があったのだ。
僕は妙に汗をかいていた。
当時にしてはめずらしく、愛染ちゃんは薄茶色のランドセルを背負っていたのですぐにわかった。
僕は緊張しつつゆっくりと近付いていった。
「あ…愛染さん」
「…はい?」
愛染ちゃんは冷めた目付きで振り向いた。
僕はドキリと固まった。
「あの…、えっと…」
引き留めたはよかったが話題が全然なかった。
なぜなら彼女と僕が口を聞いたのはそれが初めてだったから。
僕は皺が極端に少ない脳味噌で必死に二人の共通の話題を探した。愛染ちゃんはなんなのこいつ早く帰りたいんだけどと言いたげな冷たい瞳で見てくる。
僕は汗だくになりつつやっとこさ話題を発見した。
「さっ作文なにかいた?…僕全然書けなくてさ…」
愛染ちゃんは黙って僕を見つめ、そして一言「見る?…途中だけど」と言った。
僕は予想外の出来事に胸が高鳴った。
「あっ…うん!」
愛染ちゃんは返事を待たずにランドセルからきっちり半分に折られた作文用紙を取り出した。
僕は震える手でそれを受けとる。
きっと多分地球環境とか思いやりとか書いてあるんだろうと思いながら。
…そう、僕は甘かった。
とことんあまちゃんだったのだ。
作文を読み終えた僕は、ただたちすくむしかできなかった。
紙には恋愛を全否定するかのような文。
…そして目の前には薄ら笑いを浮かべる自分が恋する女の子。
彼女は、多分僕の気持ちを知っていて読ませたのだ。
そんなことをされた小学5年生の純朴な男子の身にもなってほしい。
ただでさえ周囲の意見に流されやすい年頃だ。憧れの人相手なら特に。
…単純な僕はこれまた素直に悟ってしまった。
そうか…恋とはそんな恐ろしいものなのか。
なんかエゴイズムとか書いてあったけどどういう意味だろ?やらしいってことかな?
…ていうか…愛染さんがそう思ってるってことは…
女子はみんなそう思ってるんじゃ…?
…足元がぐらぐらと揺らぐ様な違和感のあと、頭の中が真っ暗になり僕はいつのまにか走って家に帰っていた。
そしてそのまま作文も愛染ちゃんの悪魔の微笑みもコアラのマーチもなにもかも忘れふて寝した。
…夢の中でごちゃごちゃの頭がきちんと整理され、目覚めた時にはすっかり恋愛、そして愛染ちゃん恐怖症になっていた。
…ここまでが僕と愛染ちゃんのホロニガ甘い昔話小学生編である。
中学編は世にも恐ろしいのでほかっておく。
それではさっそく大学生編に戻ろうか。