私の主張
ばくんっ。
巨大な釜の蓋が開く音をホイッスルの様にして戦いが始まった。
…といっても僕はただぼけらっと見ているだけなのだが。
…でも見ているだけで充分だった。
充分腹が減った。
ふわっふわっと軽いリズムで握られていくおにぎりたち。
母さんの作る爆弾おにぎりとは全然違う。
なんたってあれはこれでもかというくらいがっちがちに固められていたから。
母は弁当箱詰めるのめんどくせぇと言っておかずというおかずを全部いっしょくたにおにぎりに突っ込んでいたのだ。
おかげで僕は毎日サッカーボールの様なおにぎりを学校に持って行っていた。
…等とノスタルジーに浸っている間にも次々とおにぎりは握られていく。
僕はふかふかと柔らかな身(粒)を寄せあってお行儀よく並ぶおにぎりたちに妙な愛着が沸いてきた。父性愛に近いかもしれない。僕は一つも握っていないのだが。
真白なおにぎりたちが僕に微笑みかけてくる。おにぎりが一匹おにぎりが二匹おにぎりが三匹おにぎりが四匹おにぎりが五匹おにぎりが六匹おにぎりが…。
ふと気がつくとおにぎりが僕の周りでステップダンスを踊り始めていた。
そして僕たちは爽やかな野原にいるのだった。
「君たち生きていたのか!」
おにぎりは菩薩の様な微笑みを浮かべマイムマイムを始める。お馴染みの曲が流れる。中心の僕は満足げに揺れる。
♪マイムマイムマイムマイム…
突然一人のおにぎりが立ち上がった。
いつのまにかそいつにはすらりとした手足がついていた。
いや、違う。おにぎりと思っていたそれはお面であった。
そいつはずんずんと近づいてきたかと思うと僕のほっぺたをびしりとひっぱたいた。
「痛いっ」
♪マイムマイムマイムマイム…
「…る」
♪…イムマイムマイ…
ビシッ
「痛っ」
「…る」
♪…ムマイムマイムマイムマ…
バシッ
風がぶわっとふいた。踊っていたおにぎりたちは手を繋いだまま風に飛ばされていく。空を飛ぶおにぎりたち。なかなか美しい光景である。
もう一度強く風がふいた。
その拍子に、僕のほっぺたを往復ビンタしていたおにぎり人間の仮面が吹き飛んだ。
長い髪がさらりとはためく。
目の前に立つ顔を見た瞬間、僕は息を飲み込んだ。
「っ」
「春っ起きろ!!!」
バッチンッッッ
…目をしばたかせる。僕の目の前にあるのは先程飛ばされたはずのおにぎり仮面だった。
「あっあれ…?」
「…見ておけと、言ったのに…」
「あれ?ここどこ?マイムマイムは?あ…夢?」
「帰る。」
「え」
おにぎり仮面…部長がくるりと踵を返して足早に去っていく。
僕は呆然とその背を見送った。
「…部長!部長待ってください!!」
鈴木の悲鳴に近い呼び声が聞こえる。夢ちゃんが小さく「そんな…」と呟いている。
鈴木は、ぶるぶると声を震わせた。
「…なんてことだ…。部長無しで勝てるわけがない。」
僕はただひたすらに突っ立っていた。わかっていたのは、部長が僕のせいで帰ってしまったということだけだった。