私の主張
…結果から言わせてもらおう。最悪だった。
この程度の大会なら、実力的には部長がいなくても申し分のないはずだった。(と、後日鈴木が反省会で言っている。)
しかし、精神的なダメージが強すぎた。
まず夢ちゃんが試合を放棄した。
僕はおにぎりを見つめるばかりであまり気付かなかったが、このチームはまず夢ちゃんの可愛さでかなりの人を引き寄せていたという。そしてあろうことか部長の謎のオーラにも多くの人が引き寄せられていたらしい。
部長が不在の時点で相当数の部長票を失う。
そして部長が消えたことでやる気をなくした夢ちゃんにあの可憐な笑顔を浮かべさせるのが無理な相談だったわけで、言うならば仏頂面の○リカ様の記者会見(古い)の状態で来る客も来ない状況に陥ってしまったのである。
そして最大の敗因が鈴木だった。鈴木は部長が消えた始めこそは動揺していたものの、すぐに顔を上げ、
「…前半のポイントがある。」
と再びおにぎり作りを再開していた。
ところがそんな健気な鈴木を打ちのめす敵がいた。夢ちゃんだ。
夢ちゃんはどこかから買ってきたパピコチューチューを二本同時に吸いながら鈴木を睨み付けた。
「もう、いいよ。」
鈴木はちらと夢ちゃんを一瞥し、またおにぎりに目を戻した。
「…部長が、許さないよ。」
「でも別に私は怒られないもの。もう帰ろうぜ?」
「…。」
「じゃあ一人でやってなよ。あ、はーる君!一緒にアイス食べよ♪」
夢ちゃんは残酷なほど可愛らしい笑顔で僕にスーパーカップを手渡した。僕は黙って受け取った。鈴木が倒れた。
鈴木は膝をつきうっうっと泣いていた。
僕はアイスを食べていた。
人波はどんどんよそのテントに流れていく。
鈴木がはしっこの方で絶望的なオーラを漂わせていた。
僕はアイスを食べていた。
夢ちゃんはいつのまにかおにぎりを食べていた。
…勝てるわけがない。
僕はアイスを置いた。
「…」
でも、やってみるのはタダである。
僕はしゃもじを掴んだ。
陰鬱な表情の鈴木が僕を見上げる。
僕はべっしべっしと米を固める。そのなかにスーパーカップを入れる。べっしべっしとさらに米をかぶせる。
「おふくろの味、アイスおにぎりいかがすかー。」
すぐに筋肉マンたちがわらわらと集まってきた。
スマホで撮影しているものもいる。
多分「アイスおにぎりでかすぎなう」とか書くのだろう。
ゲラゲラと笑いながら筋肉マンたちはアイスおにぎりを受けとる。
「やっべアイス垂れてんじゃねーか!」
とゲラゲラ笑いながらアイスおにぎりをかじる男たち。
次々と人が集まってくる。
が、如何せん米を多用するので五つしか出来なかった。全て瞬く間に消えた。
ある学生が「こんなのおふくろの味じゃねぇよ」と言いがかりをつけてきたので「僕は高校時代食べていた」と言い返した。
砲丸投げで最下位だった学生に「アイス砲丸だ。食え。」と食べさせてあげている者もいた。
僕は満足げに腕を組み頷いた。
「馬鹿野郎。」
スパンと誰かに頭を叩かれた。鈴木だった。
なんだかより一層細くなってしまったようだ。
「なっなんだよ!大人気だったじゃないか!」
「こんなのが許されたら皆目新しいものばっか追いかけて試合にならん。ルール違反だ。」
「…でもこのままじゃ負けちゃうと思ったんだ。」
僕はいじいじと鈴木を睨み付けた…がもっと怖い顔で睨まれたので黙った。
「可愛くないから口を尖らせるな。…春、ルール違反者のいるチームはどうなるか知ってるか。」
「…し、知らない…。」
僕は嫌な予感に襲われた。
ものすごく嫌な予感に。
「違反チームはな…試合に出場した全チームの参加費負担が課される。」
「…」
運動場の方からマイムマイムが聞こえた。
この大学の筋肉たちが踊っているのだろう。
でも僕の周りにはあの、手を繋いだおにぎりたちがぐるぐると回っている。
♪マイムマイムマイムマイム…
…鈴木はため息をついて僕の肩を軽く叩いた。
「お前が払えよ。俺たちはビタ一文払わん。そもそも部長が消えたのもお前がなんかしたからだろう。」
僕はゆっくりと崩れ落ちた。
この様にして地獄の初試合は終わった。