アオゾラ
「アキラって雨、嫌いなんだっけ・・・」
いつもは煩い教室のはずが、今は祥吾の声しか聞こえない。
祥吾は窓際にある俺の前の席に座って小難しそうな本を読んでいる。
「なに、それ・・・」
「本のこと?」
「・・・・。」
「今読んでるのはシッダールタ」
「しっだぁるた?」
「そう。ヘルマンヘッセの。」
祥吾の手にある本にそぅっと手を伸ばした。
手を伸ばせば届く距離なのに、“届かなかったら”って考えたら怖くて一瞬体が引き攣った。
「アキラ、雨嫌いだったんだね。てっきり好きなんだと思ってた。」
「なんで、」
祥吾の眉を下げた笑い方に、喉元がカァっと熱くなった。
「だって、練習が無くてラッキーとかいいそう、部活。」
「えーヒドイなァ、ぼくは練習がないから落ち込んでるのにぃ。」
「あはは、そうですねぇー」
本当はしっかりわかってるんだ。こんな他愛もない会話も、そうやって呆れながらも返してくれる笑顔も、俺の頭痛にはどんな薬よりもよく効くってことを。本当に離れられないのは俺のほうだってことは。
「よかった、その調子ならとりあえず大丈夫そうだね。」
「だから、落ち込んでるっていってんだろ~」
「そうじゃなくて、さ。体調悪そうだったから。ほんとうに頭でも痛いのかと心配したんだよ」
祥吾の、男のくせに細くて白い手が、俺の髪を柔らかく梳いていく仕草が気持ち良くて、つい目を伏せてしまう。
本当は目を伏せたくない。その間に祥吾が俺を置いてどっかに行ってしまうんじゃないかって、怖くなる。怖くて、一度閉じてしまったら目を開けたくなくなる。遠くなっていく祥吾の背中なんか見たくない。
目を閉じたまま、離れていく祥吾の手をつかんだ。
「やめないでいいから・・・もうちょい、」
「本当に頭痛かったの?」
「・・・うん、」