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いお夜話

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 その娘はトゥレシと言い、お前の名はなんだと彼に問うた。彼は名を持たなかった。彼と彼のきょうだいたちを個体として区別する必要はなかった。
「わからない、ひとは、イオとかケイジとかいうが」
「イオ。それならそれがお前の名だ。わたしもそうお前を呼ぼう、ね、イオ」
 トゥレシは続けて、イオはどこから来たの、と言った。イオは足元の流れを目で追い、その遥か彼方をすぅと指さした。彼は『そこ』から来た。それはずいぶんと長い道のりだったのだが、トゥレシや今のイオが持つような身体であれば、もっとずっと近い場所なのかもしれなかった。
「うみ、だ。イオはそこからきた」
「海辺の村? 違う、お前の顔はそこでは見たことがないよ。……でもイオは倭人でもないね、おかしなやつ」
 イオには『村』という言葉が理解できなかった。トゥレシに問うと、仲間のおおぜいいるところ、と教えてくれた。それならばイオはもう村を持たないのだ、と彼は思った――きょうだいはもう誰もいなかった。
「イオのむらはもうない。みんなしんでしまった」
 するとトゥレシは少し目を見開いて、かわいそうに、とつぶやいた。そっとイオの頭に伸ばされた彼女の手は細く小さく、背さえもイオよりずっと低かったが、トゥレシはひどく大人びた娘だった。
「イオはすこぅし神さびているから、生き残ったんだね。わたしと同じ」
「トゥレシのむらも、なくなってしまったのか」
 いいや、とトゥレシは首を横に振った。
「わたしは巫女だから。山や河の神々と話すのが役目だ。イオもそうじゃなかったのか」
 イオは少し考えて、『見た』ことはある、と言った。自分の見たものがなんと呼ばれるものなのかは知らなかったが、『神』とトゥレシが言ったその名は、あれにいかにもふさわしいもののように思えた。トゥレシは、それが巫女だよと笑った。
 トゥレシはイオの手を引いて、彼を村へと連れ帰った。そうして知らぬ間に、イオは村のはずれにあるトゥレシの家で、彼女と二人で暮らすことに決まったらしい。イオは猟のやり方も食べられる草の見分けも、そうしたものと交換するような細工物の作り方も何ひとつとして知らなかったが、その代わりに彼は巫女だった――少なくともそうしたものと思われていた。トゥレシなどは、山でくさびらやユリの根、あるいは色々の木の実を探す技に長けていて、そうでなくとも村の人びとは彼女に供え物を欠かさなかったが、生きてゆくには困らなかった。
 二人はそうして四つの季節をすごした。
作品名:いお夜話 作家名:みらい