インビンシブル<Invincible.#1-2(2)>
ラックを組み伏せようと思惟を巡らせている。
ライオン・ハートが勝てる見込みは---
ライオン・ハートは一直線にK・ジャッカル目掛けて猛進する。
それを阻もうと、眼前に飛来してきたのは
K・キマイラが放ったRAMS達だった。
周囲を取り囲もうと攻撃を仕掛けてくるRAMSの機動を見切り、
ラックはその先の先を読み、先の後を読む。
リフレクションスノーの波に乗り、ライオン・ハートはサーファー
さながらのグライド機動で、針穴に糸を通すが如くきめ細やかな
動作でビームの雨をかわして行く。
その様は、サーフボードやスノーボードでライディングをする動きそのもの。
一つ違う点があるとすれば、その足にはボードがないという所だろう。
例えば、ARにはこのような機動も行うことができる。
一つの動きの中に、さまざまなマニューバを交え、躯体に内蔵された
リフレクションホイールでリフレクションスノーの潮流に乗り、
Xスポーツを模したアクロバティックな機動で、
時には空を駆け走り、時には滑走する。
名は体を表す、”AR=Air Rider”というわけだ。
ブライドターンを繰り出しマニューバを締めたライオン・ハートは、
RAMSの猛攻をかいくぐった先で、K・ジャッカルと会敵した。
ターンの勢いを残したまま、右腕部のビームトンファーを
逆手に構え殴りかかった。
迎え撃つ側であるK・ジャッカルの反応は速く、こちらの動きに追従してきた。
右手に持ったビームブレイドを手元で弄ぶ動きを見せ---、刹那。
K・ジャッカルは、ぐるんとその場で鋭いターンを繰り出した。
上半身が向き直ると同時に、ビームブレイドが振り下ろされる。
その剣捌きで、目前にまで迫っていたビームトンファーを
綺麗に受け流してみせた。
豪胆な動きの中に、余裕を感じさせる丁寧さ。
そういった印象の立ち回りだった。
格の違いを見せつけられているようで、癇に障る。
相手の挑発的な態度は、ラックの負けず嫌いな性格を
触発するには充分だった。
(殴り合いなら、こちらに一日の長がある。なめてくれるなよ)
ライオン・ハートは、ビームトンファーを振り切った勢いを
利用して躯体を半回転させた。
回転裏拳の要領で左腕部のビームトンファーを
本手に持ち替え振り抜いた。
攻撃に応じるK・ジャッカルの右手には先ほどまで
握られていたビームブレイドの姿形が消えてきた。
どこへ行ったかと思いきや、K・ジャッカルの眼前で
ビームブレイドはくるくると宙を舞っていた。
先ほどビームブレイドを振り切った動作のあと、
発振器を宙に放り投げていたのだ。
楕円を描きK・ジャッカルの手元に落ちていく発振器。
ビームトンファーの刃が、K・ジャッカルに迫った。
その寸前。
K・ジャッカルは宙に舞っていたビームブレイドを左手でキャッチし、
すんでの所でライオン・ハートの攻撃を受け止めてきた。
その一連の動作は芸術的で、優美かつ豪快、荒々しくも繊細。
真逆の要素を一つに兼ね備えた、流麗かつ剛胆な動きだった。
これには、さすがのラックもあまりの見事さに一瞬、
心奪われ呆然としてしまった。
はっと、我に返ったその次の瞬間、
ライオン・ハートの躯体が大きく揺さぶられた。
密着状態を解消しようと、K・ジャッカルが
体重をのせたチャージを仕掛けてきたのだ。
だが、力任せにただ突き飛ばされただけだというのに、
ライオン・ハートの躯体が軋みをあげる。
それほどまでの膂力。
まともにぶつかり合えば、こちらが粉みじんに砕かれてしまう。
「こいつッ…」
この一回のやりとりで、ラックは理解した。
”相手の機体は、こちらよりもずっと頑強で俊敏でパワーがある上、
パイロットも恐ろしく腕が立つ”と。
が、その程度の材料で、勝負を投げ捨てるようなラックではない。
勝負は、駆け引き。
押しては引く波のようなもの。
以前読んだ、地球の中国という国の古典、”老子”の一文が頭に浮かんだ。
”上善は水の如く”。
水は流れにあわせ姿形を変える。
時には弱く、時には強く。柔弱かつ剛健に。
”道の極意”は流れに身を任せることにあり。
これは、武術や戦いにも通じるものがある。
相手の、”流れ”を見るのだ。
か弱く装い、敵が激流の如く襲い掛かって来るそのときが、絶好の好機。
反撃の糸口を見出す、唯一のチャンス。
こちらが姿勢を崩した隙を突いて、K・ジャッカルが
ビームブレイドを真一文字に振り下ろしてきた。
とっさに左手を突き上げ、ビームトンファーで
ビームブレイドの刃を受け止め捌いた。
攻勢のチャンス----!
捌く動作と同時に、ライオン・ハートは
K・ジャッカルの懐に素早く潜り込んだ。
距離的には、ほぼ密着状態。
その間合いから、右腕部のビームトンファーを
ショートアッパーの要領で下から突き上げるように振りあげた。
電光石火の早業。
格闘戦に特化された性能を持つライオン・ハートは
ショートレンジでこそ、その真価を発揮する。
その躯体から繰り出される技は、音速を超え、
敵対するものを瞬く間に粉砕する。
百獣の王の名を冠されたこのマシンの
”牙”から逃れることなど何人も不可能。
獲物と目された瞬間から、その者の死は確約される。
だが----
百獣の王の前に立ちふさがった其の者は、王を殺すことを
前提に作られた機械の王(デウス・エクス・マキナ)。
王を超える力を持つ機械の王に、獣の王の力は---通じない。
当たった。
と思ったその瞬間、K・ジャッカルは後ろに下がるでもなく、
防御するでもなく、こちらの側面へと回り込んでいた。
驚くべき速さ。
いや、違う。
そういう、単純で抽象的なものではない。
先読みしていたという訳でもない。
あえていうなら、その動きは”反射”そのもの。
こちらが攻撃を繰り出すのとほぼ同時。
K・ジャッカルは同時のタイミングで動いていた。
次の瞬間、鈍い衝撃がコックピットを揺り動かした。
側面へと回り込んできたK・ジャッカルが、
ライオン・ハートの腰部を狙い回し蹴りを見舞っていた。
ライオン・ハートは吹き飛ばされながらも慣性の勢いを利用し、
宙返りをし体勢を立て直した。
AIのシステム音声がダメージコントロールの結果をアナウンスした。
『胴体部にダメージ。損耗率7%、損傷軽微。
内部機構に若干の影響あり。
内部機構損傷による駆動誤差は修正可能範囲内。
作戦遂行に影響なし』
エーテルドライブによる慣性減殺システムと、
耐衝撃材によって保護されたコックピットブロックを震動させるほどの
衝撃は、ライオン・ハートの内部フレームに影響を及ぼす程だった。
「やろうめ、さすがに新型じゃないのよ」
毒づく余裕をみせながらも、ラックは内心冷や汗をかいていた。
(これは、少しまずいかもな…)
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『隊長!』
ラックが劣勢に立たされているのを見たシュライク<ダリア2>は、
ビームライフルを撃ち、前へと出て掩護に転じようとした。
その間際、横あいから飛来してきたビームが、
ダリア2の動きを鈍らせた。
K・キマイラのRAMSだ。
作品名:インビンシブル<Invincible.#1-2(2)> 作家名:ミムロ コトナリ