ひとつの恋のカタチ
番外編、広樹の場合
(写真スタジオの一角にある小さな事務室。男性従業員二名、女性従業員四名。バイトを含めても十人足らずのこの場所で、ダントツ若くて背が高くて、カッコ良くて注目を浴びるのは、この僕……)
とある写真スタジオの事務室で、事務の女性たちに囲まれながら仕事をしているのは、高校一年生の、木村広樹である。長めの髪を束ね、女性だらけのこの事務所で働くことに喜びを感じていた。
「みんな、集まってくれ」
そこに、数人の男たちとともに、このスタジオの社長でありカメラマンである、三崎晴男が入ってきた。
「今日から俺の助手としてバイトしてくれる、諸星君だ」
そう言って三崎が紹介したのは、高校生の少年だった。
制服姿の少年はかなりの長身で、長めの前髪と眼鏡で顔はよく見えないが、顔立ちも派手で整っている。
それを見て、広樹の表情が途端に険しくなった。
(そう、こいつが来るまでは……)
広樹は口を尖らせ、少年を睨むように見つめる。
(こいつ、同じ年くらいかな? うーん、僕より背が高い……制服からして、金持ちの進学校……頭の良い、ぼっちゃんかよ。顔も意外と……ああ、厄介なのが来たなあ。僕の天下が……)
そんなことを思いながら、敵対心剥き出しの様子で、広樹は少年をチェックする。
スタジオ系の仕事は男性ばかりだが、事務所には女性が多い。アルバイト開始当初、広樹はスタジオの仕事を手伝っていたが、最近は事務方の仕事を任され、女性たちに甘やかされるように仕事をしている。そんな広樹の居場所を脅かすかもしれない相手が現れたことで、広樹は少し戸惑いを感じていた。
「広樹。彼の面倒、よろしくな」
「ええ? なんで僕が……僕は事務方の人間っすよ?」
三崎に突然話を振られ、広樹が抵抗して言う。
「理由はおまえと同じ年だからだ。事務方って言っても、スタジオの手伝いもしてるんだ。基礎くらいは教えられるだろ。とりあえず、スタジオの片付けやっておけよ」
そう言って三崎は男たちと事務室から出ていってしまったので、広樹は仕方なく新人の少年を連れて、同じ敷地内のスタジオへと入っていった。
「おまえ、名前何だっけ?」
腹をくくって、広樹が尋ねる。
「……諸星鷹緒」
少年はぶっきらぼうにそう言った。
「へえ……僕は木村広樹。知り合いの伝手でバイト始めて、今は事務所の企画と公報の手伝いをしてるんだ。おまえは三崎さんの助手のバイトだから、あんまり関わりはないかもしれないけど、まあよろしく」
広樹がそう言うと、鷹緒と名乗った少年は無愛想に頷いた。
その後、広樹は機材の片付け方を教えながら、鷹緒と二人きりでスタジオを片付けていった。
数週間後。広樹は事務室でパソコンに向かいながら、手書きの企画書の写しを作っていた。
「やっぱり若い人は違うわよね。パソコンに関しては、広樹君が居てくれないと本当に困るわ」
「あはは……僕が雇われた意味が、こういう時にわかりますよ」
女性事務員たちに言われ、広樹が苦笑して言う。広樹の目の前には、データ化しなければならない書類が山のようにあった。
「広樹君。少しこっちに回して。こっちの仕事、もうすぐ終わるから」
そう言って、広樹の前のデスクから顔を覗かせたのは、この事務所で唯一の二十代前半である、中島聡子であった。
「聡子さん。ありがとうございます……」
少し紅くなってそう言いながら、広樹は聡子に書類を渡した。書類の山からちらりと見える聡子の顔は、優しく笑っている。
女性に囲まれた中で、年も近く姉のような存在の聡子に、広樹は恋心を抱いていた。
「おつかれさまです」
そこに、新人スタジオアルバイトの鷹緒が入ってきた。仕事内容は違っても、会う機会も多い。
「スタジオの仕事終わったんで、こっち手伝うように言われたんですが」
「あら、助かるわ。今の時期、フル稼働でも事務は忙しいのよね。パソコン使えるかしら?」
鷹緒に、事務員の一人が尋ねる。
「はい」
「若いからそうよね。ええっと、じゃあ聡子ちゃん。教えてあげてくれる?」
鷹緒は空いている聡子の隣の席へ座らされ、パソコンに向かう。
「へえ。仕事早いのね」
仕事を教えながら、鷹緒に向かって聡子が言った。そんな鷹緒が、広樹は面白くなかった。
「まったく……結局、いつも僕らだけなんだよなあ」
しばらくして、定時に帰った主婦の事務員たちを思い出し、広樹が言う。事務室には、広樹と鷹緒、聡子の三人だけが残されていた。
「そうね。ちょっと休憩しようか。コーヒー入れるね」
そう言って、聡子が立ち上がる。そして手際良くコーヒーを入れると、広樹に差し出した。
「ありがとうございます」
広樹は嬉しそうに受け取ると、ちらりと鷹緒を見た。鷹緒は手を緩めることなくパソコンに向かい、仕事を続けている。
「はい、諸星君も」
「ああ、ありがとうございます。そこへ置いておいてください」
聡子の言葉にも態度を変えることなく、鷹緒は淡々と仕事を続けている。そんな鷹緒に、聡子は苦笑した。
「諸星君って、根詰めるタイプなのね。でも、少しは休まないと体に悪いわよ」
「そうだよ。せっかく聡子さんがコーヒー入れてくれたんだ。おまえも休憩しろよ」
聡子に続いて広樹もそう言ったが、そんな二人の言葉に耳を傾けず、鷹緒は生返事で仕事を続けている。
仕方なく、聡子と広樹は苦笑すると、応接スペースで小休憩を取った。
その時、社長の三崎が入ってきた。
「おつかれ。急な仕事が入ったんだ。撮影スタッフに招集かけてくれ。急な仕事で人手が足りないから、使える事務スタッフにも声掛けて。明日は伊豆へ撮影だ」
三崎がそう言うと、聡子がすぐに立ち上がる。
「何時にどこへ集合ですか?」
「夜中の二時半集合。車で行くから、場所はここだ」
「わかりました」
聡子は手馴れた様子で、電話をかけ始める。
「おまえらはバイトだが、明日空いてるか?」
「はい」
広樹と鷹緒が同時に言う。
「じゃあ、二時半にここに来てくれ。明日は久々に晴れるらしいから、この間出来なかった撮影の続きをやることになった」
「わかりました。あ、僕、ここに泊まってもいいですか? その時間じゃ、電車もないし……」
三崎に向かって、広樹が言った。
広樹はここから数駅離れた場所に住んでいるため、出る時の電車はない。自転車にしても、かなりの時間がかかる。
「……じゃあ、俺んち来る?」
その時、三崎が答える前に、鷹緒がそう言った。
「え……いいのか?」
突然の鷹緒の申し出に、広樹が驚いて尋ねる。未だあまり話したこともないが、殺風景な事務所で寝るよりは、この際どこでもありがたいと思った。
「うち近いし。べつにいいよ」
そう言う鷹緒は、特に気に留めた様子もなく、善意で言ってくれているようである。
「よかったな、広樹。じゃあ頼むよ、鷹緒」
「はい」
三崎の言葉に鷹緒は頷くと、すぐに鷹緒は家へと連絡を入れていた。
「よし、じゃあ今日はここまででいいぞ。早く寝て、明日よろしくな」
「了解です」
一同は、その場で解散していった。
「悪いな、急に泊めてもらうなんて……」
夜の街を歩きながら、広樹が言う。
「べつにいいよ」