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ひとつの恋のカタチ

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 それから数日後。理恵のもとに、モデル事務所から一本の電話が入った。それは、先日の三崎のカメラテストに合格したという知らせだった。モデルとしても一歩前進であり、憧れの鷹緒に会う機会も増えるということで、理恵は飛び上がるほど喜んだ。
 そして、その機会は思いのほか、早く訪れた。三崎が手掛ける雑誌の撮影日がやってきたのである。三崎の雑誌への新人起用としては、理恵が最短であった。それは、理恵が体当たりでぶつかっていった成果だと自負する。
「おはようございます!」
 まだスタッフがパラパラとしかいないスタジオに、意気込んで理恵が入っていった。まだ入り時間の一時間前である。
「早いじゃん」
 突然、理恵の後ろからそんな声が聞こえ、理恵は振り向いた。すると、そこには鷹緒が立っている。
「諸星さん!」
「時間、間違えたの?」
 鷹緒が尋ねる。
「う、ううん。気合入れて、早く来たんです」
 理恵が答えた。鷹緒の自然なまでの接し方に、理恵は自然と舞い上がってしまう。
「ふうん……でも、まだ準備も出来てないよ」
「そうみたいですね……た、鷹緒さんは?」
 思い切って、理恵は鷹緒のことを名前で呼んでみた。鷹緒の表情は変わらない。
「俺は三崎さんの現場では助手も兼ねてるから。大体、モデルのほうが副業……」
「諸星君! 早く来て!」
 そこに、鷹緒がスタッフに呼ばれる。
「はい! じゃあ、邪魔にならないところにいろよ」
 スタッフに混ざって準備を始める鷹緒を、理恵は遠くから見つめていた。
 撮影が始まると、理恵と鷹緒は同じ立場のモデルであった。同じ場所にいる機会もあり、理恵も張り切るのだった。

 それからというもの、理恵は鷹緒と現場が重なるたびに、積極的に話し掛けていった。そんな理恵に、同性のモデル仲間は疎む人もいたが、理恵の鷹緒への情熱が薄れることはなかった。
 ある日、理恵は三崎のスタジオへと向かっていった。今日はそこでの撮影である。
 スタジオではすでに、鷹緒が機材のセッティングなどの仕事をしている。こんな時には、話し掛けられる雰囲気ではない。理恵は仕方なく、先に楽屋へと向かっていった。
「鷹緒。なんか、おまえ宛に宅急便来てるぞ。邪魔だから休憩になったらなんとかしてくれよ」
 仕事を続けている鷹緒に、広樹が事務所から顔を出して言った。
「俺に?」
 ちょうど自分の仕事に一区切りついたところだったので、鷹緒は事務所に顔を出した。事務所には、大きな段ボール箱が一つ置かれている。
「なんだ? これ」
 職場に届いた自分宛の宅急便に、鷹緒は首を傾げる。
「さあ。差出人は、モデル事務所からみたいだけど」
 広樹の言葉に、鷹緒は段ボール箱を開けた。すると、中にはぎっしりと、手紙と見られる色とりどりの封筒が入っている。
「ああ、なんだ。ファンレターか。相変わらず、おモテになるようで」
 からかうように広樹が言う。鷹緒は大きな溜息をついて、段ボール箱を持ち上げた。すると、底が抜けて手紙が床に傾れ出てしまった。
「げっ!」
「アハハ。なにやってんだよ」
 二人は仕方なく、散らばった手紙を拾い始める。そんな鷹緒の目に、一つの手紙が目に入る。差出人に、石川理恵と書かれていた。鷹緒は無意識に、手紙を開ける。
『諸星鷹緒様。はじめまして。私は石川理恵といいます。私は十五年間、特に面白いこともなく、夢もなく、親の言う通りに生きてきました。ずっといじめにも遭ったりして絶望的な時に、あなたの出ている雑誌に巡り合いました。その時から、鷹緒さんのことが好きになりました。私はもうすぐ高校を辞めて、モデルのオーディションを受けようと思います。落ちても諦めません。あなたが私を救ってくれたから、あなたと同じ道を夢見ています。憧れのあなたに、一歩近付きたいと思っています』
「おい、鷹緒。読んでないで、おまえも拾えよ」
 広樹が言った。それに構わず、鷹緒は手紙を見たまま思わず笑う。理恵の素直な文章だった。なにより、自分が雑誌に出たことで人の救いになったのかと、鷹緒は信じられない思いをしながらも、嬉しさを感じていた。
「なに? なにが書いてあるんだよ」
 笑っている鷹緒に、広樹が怪訝な顔をして尋ねる。
「いや……結構、嬉しいもんだなって思ってさ……」
 鷹緒はそう言って立ち上がった。
「ヒロ。悪いけど、俺もう行くよ。段ボールは邪魔にならない所に置いといて。帰りに持って帰るから」
 手紙をかき集めて段ボールに入れると、鷹緒はそのままスタジオへと戻っていった。
「鷹緒」
 鷹緒がスタジオに戻るなり、着替えを終えた理恵が声を掛けた。だいぶ現場にも鷹緒にも慣れてきたので、冗談交じりにそう呼んでみる。
「呼び捨てにすんなよ」
 そう言うものの、鷹緒は強い口調ではない。
「なんとなく、呼んでみただけ」
 少し照れながら、理恵がそう言った。鷹緒は、急に押し黙る。
「……怒った?」
 そんな鷹緒に、理恵が不安そうに言う。鷹緒は苦笑して、理恵を見つめた。
「付き合おうか」
 突然、鷹緒がそう言った。
「え!」
 理恵は驚きつつも、その後の言葉を求める。
「おまえ、すごい勢いなんだもん。いいよ。俺でよければ、付き合っても」
 鷹緒の言葉に、理恵は口に手を当てた。
「嘘……」
「……嫌ならいいけど?」
 意地悪そうに、鷹緒が言う。
「やだやだ! いい。もちろんいい。嬉しい!」
 慌てて理恵が言った。そんな理恵に、鷹緒が吹き出す。鷹緒が、今までになく無防備な笑顔を見せた。
 幸せを噛み締めながら、理恵は目の前にいる鷹緒を見つめた。晴れて恋人となった二人は、これから二人だけの愛をあたためていく……。

 恋の力は不思議な魔法。願い続けた夢。憧れから、恋が叶った瞬間……ひとつの恋のカタチ。