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ひとつの恋のカタチ

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7、理恵の場合




 女の子の恋のパワーは、時に何でも叶えられそうな、果てしない力だと思う。願えばすべてが叶うような、迷いを吹き飛ばして背中を押してくれる、不思議な力……。

 東京のとある喫茶店。一人の少女が、パラパラと雑誌をめくっている。しばらくすると、そのうちの一ページに釘付けになる。こちらを睨みつけるかのような、少年のアップ写真であった。
「やっぱりカッコイイよ……」
 小さな声で少女が言った。その時、腕に付けていた時計が目に入る。
「ヤバイ。そろそろ行かなきゃ……」
 少女は足早に、喫茶店を出て行った。そしてその足で、近くのビルへと入ってゆく。すでに溢れんばかりの少女たちが、列を作っていた。
「オーディション会場はこちらです。受付を済ませた方から、順番に中へと進んでください」
 そんな声が聞こえる。ビルの入口には“POMプロダクション・モデルオーディション会場”と書かれている。
 少女も、そんなモデルのオーディションに参加する一人だ。ここにいる少女たちは、みんな背が高く、すらりとしている。少女も負けじと背筋を伸ばして、受付の順番を待った。

「では、七十一番から八十番の方、中へお入りください」
 そんな声が聞こえ、八十番の番号をつけた先程の少女が、少女たちの列について、一室へと入っていった。
「それでは順番に、お名前と年齢、応募の動機を教えてください」
 審査員の言葉に、少女たちがハキハキと答えてゆく。場慣れしている少女も多いようだ。そんなことを考えていると、すぐに少女の番になった。
「い、石川理恵。十五歳です」
 少し震える声で、少女が言った。石川理恵。この物語の主人公である。
「応募の動機は?」
 審査員が尋ねる。
「応募の動機は……背が高いことと、友人に勧められたことと、それと……」
 理恵が、言葉を濁して言いかける。
「それと?」
 それに続いて、審査員が尋ねてきた。
「それと、ファンのモデルさんがいるので、応募してみようと思いました」
 ミーハー心剥き出しで言ったので、他の少女は呆れ気味だった。審査員は、社交辞令のように尋ねた。
「そうですか……そのモデルさんというのは、うちの事務所の人間ですか?」
「はい……」
 理恵が正直に答える。
「その方とは、どなたですか?」
「……諸星鷹緒さんです」
 理恵はそう言った。理恵には憧れている人がいる。その人に近付くために、理恵はこのオーディションを受けたのだった。
 そんな理恵の言葉に、一人の審査員が大きく微笑んだ。
「鷹緒のファンか」
 その審査員が、静かにそう言う。その前には“カメラマン・三崎晴男”と書かれていた。

 その後、様々な審査が終わると、理恵は後悔していた。オーディションのガイドブックで、少なからず予習はしてきた。その中に、ミーハーな部分を公表するのはNGと書かれていたのを思い出す。理恵は溜息をついた。
 その時、一人の男性がやって来た。
「只今より、審査結果を発表します。呼ばれた方は、そのまま残ってください。一番、十二番、十三番、二十八番……」
 次々に、少女たちに与えられた番号が読み上げられてゆく。
「七十七番、八十番……」
 その時、理恵がハッと顔を上げた。自分の手には、八十番のゼッケンが握られている。審査員の前で失敗したと思っていた理恵は、確実に落ちたと思った。空耳ではないかと思った。
「以上、呼ばれた方は残ってください。それ以外の方、お疲れ様でした」
 放心状態で、理恵はその場に立っていた。
「ああ、君」
 そこに、理恵に声をかけたのは、先程の審査員だった。カメラマンの三崎である。
「おめでとう」
「あ、ありがとうございます……なんだか信じられなくて……」
 理恵が言う。
「ハハハハ。まあ君の勝因は、審査員に僕がいたことと、鷹緒のファンだって正直に言ったことだね」
 気さくにそう笑う三崎を、意味がわからずに理恵が見つめる。
「えっ……?」
「あいつは僕の弟子なんだ。僕はここのプロダクションと組んで、いくつか雑誌を出させてもらっていてね。鷹緒にも、社会勉強としてモデルをやらせてる。しばらくすれば、きっと会えるよ」
 首を傾げている理恵に、三崎が言った。
「受かった方は集まってください」
 その時、そんな声が聞こえ、理恵はハッとした。
「早く行っておいで」
 三崎の言葉に、理恵は深々とお辞儀する。
「ありがとうございました!」
 溌剌と礼を言って、理恵は少女たちの群れについていった。

 数週間後。オーディションに受かった少女たちは、毎日のように、モデルとしての心得から、基礎レッスンを受けている。晴れてモデル事務所と契約を結んだ理恵だが、憧れのモデル・諸星鷹緒に会うことはなかった。
「おかしいなあ」
 ストレッチをしながら、理恵が呟く。
「どうしたの?」
 隣でストレッチをしている同期の少女が尋ねた。すでに同期の何人かは、雑誌の仕事を始めていた。この少女も、その一人である。
「ううん。憧れてる人が、この事務所に所属してるはずなんだけど、毎日のようにレッスンに通ってるのに、丸っきり会わなくて……」
「ああ、諸星さん?」
「……なんで知ってるの?」
 驚いて、理恵が尋ねる。
「だってオーディションの時、そう言ってたじゃない」
「え……」
「私、七十七番。同じグループよ」
「そうだっけ! 緊張して覚えてなかった」
「あはは。こっちは強烈だったから覚えてるよ」
 少女の言葉に、理恵が俯く。
「やっぱり……強烈だった?」
「うん。タブーじゃん。あんなにミーハーさらけ出すのなんて」
「もう言わないで。後悔してるんだから……ああ、でもあの言葉のお陰で、受かったみたいだからな……」
 理恵が、しょんぼりしながら言った。
「へえ。まあ、そんなに焦ることないんじゃない? 本格的にデビューしたら、すぐに会えるわよ」
「そうかなあ……もう、自信失くしてきた」
「石川」
 そこに、事務員の一人が声をかけた。
「はい」
「おめでとう。おまえのデビュー、決まったぞ」
 事務員の言葉に、理恵は飛び上がる。
「本当ですか!」
「ああ。まずはティーン向け雑誌のモデルだ。まあ、うちが手掛ける雑誌だから」
「やった!」
 全身で喜ぶ理恵の様子に、一同も笑った。

 それからしばらくして、基礎訓練を終えた理恵は、事務所と正式契約を結び、何誌か仕事を請けるようになり、本格的にモデルとして活躍することとなっていた。
「はい、ファンレター。この頃多いね」
「ありがとうございます」
 事務員からファンレターを受け取りながら、理恵が微笑む。
「おはようございます」
 突然そんな声が聞こえ、一同は振り返る。そこに現れた人物に、理恵は言葉を失った。
 そこには、今までずっと想い続けてきた憧れの男性モデル・諸星鷹緒がいる。背が高く、ラフな格好だが、良く着こなしているように見える。眼鏡を掛けているので、知性的にも見えた。
 あまりに突然のことで、理恵は何も言えないまま固まっている。そんな理恵の横を、鷹緒が横切った。
「ああ、おはよう、諸星君。珍しいね、どうしたの?」
 理恵には目もくれず、事務員が鷹緒に声をかける。
「はあ。これ、三崎さんから預かり物です」