ひとつの恋のカタチ
「マジで? うち受けるんだ?」
「は、はい……水泳も強いし、施設が充実してるっていうんで……」
誤魔化しながら、冴子が言う。
「うん、施設はすごいよ。中学とは比べ物にならないくらい。その代わり、勉強は厳しいけどね」
「はい……覚悟はしてます」
「小林来るなら、また賑やかになりそうだな。楽しみだよ」
そう言ってくれた小安に、思わず冴子が微笑む。それと同時に、小安とつき合っているはずの吉田夏美のことを思い出した。
「あ、あの……吉田先輩とは、まだつき合ってるんですよね。お元気ですか?」
突然、意を決して尋ねた冴子に、小安は少し驚きながらも苦笑する。
「ああ、いや……別れたんだ。夏前に」
「え……」
思わぬ展開に、冴子は嬉しいような悲しいような衝撃を受けた。
「そっか。おまえらは、そういうことも知ってたもんな……」
「ごめんなさい。知らなくて……」
苦笑する小安に、冴子がしまったというふうに謝ったので、小安も首を振る。
「べつにいいよ。結構前の話だし、インターハイとか立て続けにあったから、ちょっと忘れかけてた……」
それを聞いて、冴子も静かに微笑んだ。吉田と別れていたことには驚いたが、素直に嬉しい気持ちも大きかった。
数ヵ月後。受験シーズンが近付く中、冴子は相変わらず小安のいるコンビニに通っていた。しかし、ここ数週間、いつ行っても小安の姿はない。
「あの……最近、小安さんを見かけないですけど、どうしてるかわかりますか?」
その日、冴子は意を決して、コンビニの店員に尋ねた。
「小安? ああ、勉強が忙しい時期だからって、今月はほとんど休みみたいだよ」
「そうですか……」
店員の言葉に肩を落として、冴子は家路へと向かっていった。
冴子も受験が迫っているが、有数の進学校のため、受かる自信はまったくない。せめて受験の前にもう一度小安に会って、元気をもらいたいと思った。しかし、何度行っても小安の姿はなく、電話も住所も知らなかった。
一ヶ月以上、小安と会えないまま、冴子は受験の日を迎えた。緊張しながらも、小安の通う学校へ向かっていく。
すると正門の前に、一人の男子生徒が立っていた。
「小安先輩!」
思わず冴子が叫んだ。小安である。
「小林。よかった、会えた」
小安がそう言って、冴子を見つめる。
「小安先輩。もしかして、私を待って……?」
「うん。いつ来るかわからなかったけど、会えて良かったよ」
「先輩……」
普段は毅然としている冴子も、小安の顔を見て、気が緩みそうになる。
「バイト先に何度か来てくれてたんだって? ごめんな。最近、学校のほうが忙しくて……」
「いえ、そんな……」
「頑張れって、言っておきたかったんだ」
小安は静かにそう言った。
それを言うためだけに、いつ来るか分からない自分を待ってくれていた小安に、泣きそうになるほど、冴子は嬉しかった。
「ありがとうございます。頑張って行って来ます。もし……受かったら……」
冴子はそう言って、小安を見つめる。
「もし受かったら……つき合おう」
突然の小安の言葉に、冴子は耳を疑った。しかし、そこにはいつもより優しい顔の小安がいる。
毎日のようにバイト先へ顔を見せていた冴子の想いに、小安も気付いていないわけがなかった。小安自身も、しばらく会えなかったことで、冴子を気に掛けていることに気付いたのだ。
「頑張って。きっと大丈夫。待ってるから……」
「先輩……」
「ほら、胸張って」
そう言って、小安は冴子の背中を押す。
冴子が振り返ると、小安は笑顔で手を振っている。嬉しさを背中で受け止めて、冴子は受験へと臨むのだった。
受験の結果は……きっとハッピーエンドに違いない。
片想いも、辛いだけじゃない。想っていれば、いつかきっと……ひとつの恋のカタチ。