インビンシブル<Invincible.#1-2(1)>
想像でしか想定できなかった死が、現実に起こる場所。
(これが戦場か)
散発的だった敵の射撃は、彼我の距離が短くなるに連れ激しさを増して行った。
アルヴェードは、こちらから距離を離しつつ射撃を仕掛けてくる敵機の後ろに引っ付き、
必死に食らいつき追いかけた。
放たれるビームの一発、一発が、死の恐怖を煽ってくる。
距離…800。
それが却って、レオを慎重かつ大胆にもさせ、怜悧に冷徹にさせた。
500…400…。
目標(ターゲット)は、もはや航空戦闘距離において目と鼻の先、格闘戦距離圏内。
距離…300。
入った、今。
軌道が交錯するすれ違いざまに、アルヴェードはビームブレイドを振りぬいた。
ビーム刃がテナガザルの腹部に食い込み、装甲を溶かし内部機構を焼き切った。
ビームの熱でドロドロに溶けていく金属の流動が、
レオの目にはコマ送りに映って見えた。
その中に収まっていた”熱”を、焼き溶かし尽くしてしまう最後の瞬間まで。
斬撃の一閃は、テナガザルの上半身と下半身を真っ二つに引き裂いた。
時を待たず、空にぱっと炎の花が咲いた。
「敵機撃破<エネミーデストロイド>。グッドキル、レオ」
リフォが賞賛の言葉を贈る。が、その声はレオの耳に届いてはいなかった。
眼球が、脳が、心臓が、全身を伝う血液が煮えたぎった湯のように熱い。
感覚が先行して、体が思うように動いてくれない。
まるで自分の体じゃないみたいだ。
(なんだこの浮き足立つ感覚は、すごく…不愉快だ)
ビームでずぶずぶに溶けていく、テナガザルの姿がフラッシュバックした。
集音マイクが拾いあげていた短い悲鳴。
音さえ立てずにビームの中に飲み込まれ蒸発した。
なにが…。
ヒト。
人。
人間…・が。
とたんに吐き気が襲ってきた。
胃の内容物を戻すような嘔吐感ではない。
吐きたいのは吐瀉物ではない、”汚れ”だ。
白いシーツの上に黒いタールをぶちまけたような、どす黒い汚れ。
自分の心が汚れに染まったという事実。
業を背負ってしまった事実。
レオの心はその重圧にひしゃげそうになった。
(いや、落ち着け…落ち着けよ、レオ・キスキンス。
これは戦いなんだ。割り切れよ)
そうでなければ、やっていられない。
軍人であるならば、遅かれ早かれ背負う業だ。
自分の場合、それが少し早まっただけ。だけど、この気持ち悪さと
居心地の悪さはいかんともしがたい。
レオは、腹の底に鬱積した汚れを少しでも吐き出したくて、
思い切り深呼吸をした。
アドレナリンで熱を帯びた脳が視覚に作用して、眩暈にも似た症状を起こさせる。
自制が利かなくなりそうな感覚を引き止めようと、レオは奥歯を強くかみ締めた。
そうしてやっと、評価と分析に割ける余裕を取り繕えた。
(…一機倒せた)
それが出来たのも、機体性能のおかげか。
アルヴェードの性能は圧倒的で、敵を倒せたのは機体による影響が大きいことを、
レオは率直に感じることができた。
ガル・メイスよりも高いスペックを持っているであろうテナガザルを
手も出させる暇も与えず、一瞬で倒して見せたアルヴェードの性能。
機動性、追従性、出力、速度ともに、現行においておそらく最高クラス。
汎用機は性能がマイルド過ぎて自分の腕を持て余すと、
士官学校時代は常々思っていたが、この機体は自分のイメージどおり素直に動いてくれる。
この機体ならば、”自分の理想どおりの動きができる”と、レオは確信した。
だけど、何かが引っかかる。
あまりにも、”嵌まり”過ぎている。
みょうに機体のクセが自分の趣向に合い過ぎているような気がしてならない。
そう思えてしまうほど、この機体は自分にしっくりと”なじむ”。
(いや、まさか…ね)
レオは、一瞬浮かんだ疑念を頭から押し出し、早まる動悸を抑えるのにつとめて
眼前の事態に注意を向けた。
「もう一機、来るよ。正面距離2000」
アラート音が響いた。
「レーザー照射を受けてる、EVCミサイル発射。イヴェート(回避行動)!」
リフォが叫ぶと同時かそれ以前に、テナガザルの腕からミサイルが発射された。
言うを聞くに、ただのミサイルではない。
AAは、サブジェネレーターであるエーテルドライブからエネルギーを生み出し、
メインエンジンに供給することで機体を稼働させている。
そのエネルギーを生み出す過程で、余分なエネルギーが発生する。
その余剰エネルギーの大部分は、外部からの物理事象変化の干渉
---温度変化・慣性や運動エネルギーによる作用---
をある程度まで無効化するエーテルプレート(事象変化遮断防護層)
を装甲表層に常時展開させるために使われている。
数学的情報構造演算処理を行い、事象ごとに定められた解を求めることで、
任意の事象(現象)を発現させる性質をもつのがエーテル素子である。
”効果が及ぶ限り、物理事象変化を防ぐ”という性格を
帯びたエーテル素子の膜にAAは包まれているのだ。
テナガザルが発射したミサイルは、そのエーテルプレートを中和し、
透過する効果を持つEVC(エーテルバニッシュクリアー)兵器だった。
エーテルプレートが消失すれば、堅牢な複合ベラジニウム装甲を
持つAAといえど、ミサイルの速度と慣性が生みだすモンロー効果により、
致命的な損傷を受けるのは間違いない。
迫り来るミサイルは、真正面。
秒速830メートルの速度で飛翔してくるミサイルは、音速域で
互いに相対距離を詰めている
この状況では1秒と待たずに着弾するだろう。
発射直後のミサイルは速度に乗り、指向性を
発揮するまでに暫く時間がかかる。
電磁波誘導式のミサイルならば、正面から回避すれば容易く
ブレイク<回避>できるはず。
だがあれが、機体のFCSとリンクし熱源を探知して追尾してくるタイプの
高機動<ハイマニューバ>ミサイルならば、
回避したとしても、再びこちらを探知し再追尾してくる。
どうする?
---思考する。
浮き足立つ感覚が、手元を狂わせようとする。
奥歯を強く噛み締め、感覚を引き戻す。
結論は---。
ミサイルをレティクルに納め、ロックオン。
アルヴェードの背部ウィングパックからホーミングレーザーが発射された。
FCSによって弾道予測を計算されたレーザーが目標へと伸びる。
光の帯がミサイルを貫き、炎と塵灰に変えた。
空に広がる爆炎の渦。
その渦中から飛び出すは、純白白銀のエアライダー(空駆ける騎兵)。
相対距離300。
ビームブレイドを両の手に構えたままアルヴェードが空を直進する。
それに応えて、テナガザルはアックス状のビームブレイドを引き抜き構えた。
熟練した戦闘機パイロット同士のドッグファイトは、
背後を取ることが出来ずに膠着状態に陥ることがしばしばある。
そこであえて相手の真正面からミサイルを発射し、
直撃させるテクニックがヘッドオンと呼ばれるものだ。
互いに真正面から至近距離でミサイルを打ち合うことになるので
命中率も断然と高くなり、危険度も高い。
必殺必中の距離ギリギリまで待ち、すれ違う直前でミサイルを撃つ。
いわば一つのチキンレース。
真正面から向かい合い、自身の腕と度胸を試す。
作品名:インビンシブル<Invincible.#1-2(1)> 作家名:ミムロ コトナリ