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VARIANTAS ACT 16 心のありか

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 なのに…
 なのに、何故私は噛めないでいる?
 恐いからではなく、何か大きな力がそうさせている。
 私を包み込む、懐かしい感覚。
 私はそれを知っている。
 でも、なぜ?
 なぜ、あなたがここにいるの?





***************





[0035時・中央電波基地]

 吹き付ける風に煽られ一瞬浮いた身体を、自分を吊すナノワイヤーを掴んで再び固定させる。
 高い電波塔の中腹、全身タイツのような熱光学迷彩スーツを着て、ナノワイヤー二本だけで地上180mに吊されるジムは、思わず身震いした。
 ふと、時間を確認する。定時、60秒前。
 彼は、腰に付けた装備の中から一つの装置を取り出し、電波塔のメインシャフトに取り付けると、予め引きずり出しておいたケーブルをその装置に繋いだ。 
「こちら03、準備完了」
 押し殺すような低い声。
 その声を聞いて、ティックは静かに立ち上がった。
 高いビルの屋上、冷たい風が吹き付けるが、彼の皮膚はそれさえも感じずにいる。分厚いアーマーコートを着ていれば、なおの事。
「01、状況を開始する」
 彼はそう言うと、自分の身の丈程の巨大なケース状の物体を背負った。
 無線の向こうでジムが言う。
「障害電波の持続時間は10分間。それまでがタイムリミットです」
 ティックは低い声で短く言った。
「始めろ」
 彼に言われ、ジムは装置のスイッチに指をかける。
「3カウント…!」
 ティックが、屋上の縁へゆっくり歩み寄る。一歩、二歩、三歩…
「2…!」
 そして彼の右足は、なにも無い空間へと踏み出した。
「1…!」
 彼の身体が、ふわりと羽根のように舞う。その瞬間、重さ230kgのボディは超高速の徹甲体となって夜の闇の中を一直線に翔けた。
 無線にノイズが走り、ぶつりと切れる。
 スラスターを一杯に噴射し、街の上空を翔けてゆく彼のボディ。
 街の明かりは光の筋となって過ぎ去っていき、徐々に少なくなってゆく。
 速く、さらに速く。
 ボディを衝撃が打つ。音が消えた。なにもかもがスローに見える。
 街の明かりはいつしか、港のフォグランプに変わっていた。
 見えた。前方10km。
 その瞬間、彼の視界に赤い文字で警告の表示が出てきた。艦がCIWSを撃ってきたのだ。
 曳光弾が夜空を切り裂き、オペレーターが叫びにも似た声を上げる。
「目標はさらに加速! 時速1000マイル! 速い…!」
 彼はCIWSの30mm弾を回避。音速の1.5倍の速度で艦の左舷に向かうと、背負っていたケースを複雑に変型させ、巨大なブレードの刃先を艦の横腹へ袈裟掛けになぞらせた。
 重合金の装甲板が火花と共に切り裂かれ、切り口に彼の前蹴りが飛ぶ。凄まじい衝撃音と共に、艦が左右へ大きく揺らいだ。
 海面に白波が立ち、水しぶきが上がる。
 唸り声のような艦の軋む音。
 艦内にサイレンが鳴り響き、警告灯が点いた。
「不明機、左舷に衝突!」
「第三隔壁破損!」
 その時、右舷通路にいた黒い義手の男は、壁のパイプにつかまりながら艦内通信に向かって吠えた。
「ブリッジ、何があった!」
 オペレーターの悲鳴のような返事が返ってくる。
「所属不明機が左舷に衝突! 艦内に侵入し、隔壁を破壊しながらC-17区画に向かっています!」
「外部との連絡は?」
「回線不通! 障害電波です!」
 ――来た! ASAFからの攻撃!
「それで敵の数は?」
「重量級サイボーグが一機!」
「単騎だと!? …まさか!」
「班長! 奴は一体…!?」
「亡霊を装いて戯れなれば汝、真に亡霊とならん…。対機甲機械化猟兵・ファントム!」
「ファントム!?」
「奴の狙いはジーナ=バラムの奪還だ! 艦を今すぐ離水させ、高度1500を維持! それから、各員の短距離無線通信をそちらのブースターで増幅しろ! 艦内限定なら通じる!」
「了解!」
 彼はそう言って艦内通信のマイクを置くと、右手を握りしめ、自分の拳を見ながら静かに笑った。




***************




 甲高い、歯の浮くような切削音。
 金属炭素製の高周波ブレードが、艦の重合金製隔壁を切り裂いていくその音は、確実に彼女へ近付いていた。
 刹那、彼女の脳裏に似たような記憶が蘇る。

 捜査官の救出作戦、ファントム、そしてそれと戦った彼。
 それが彼の任務。
 なら、今回もただの任務?

 火花が散り、円形状に切り取られた壁が『ずんっ』と重い音を立てて倒れる。
 立ち込める煙。
 その中から現れたティックを、彼女は凝視した。
「無事か?」
 ジーナは静かに言い返した。
「何しに来たんですか?」
「何?」
「せっかく…、せっかく決意したのに…」
 ティックの視界の隅に表示されるタイマーが、カウントを刻んでいく。
「一等官、時間が無い」
 彼は右手に持った巨大なソニックブレードを再びスーツケース型に戻してから背負い、彼女に歩み寄る。
 しかし。
「来ないで下さい」
 拒絶の言葉に、ティックの足が止まった。彼はジーナを見つめたまま微動だにしない。
 そんな彼に、ジーナは言った。
「あなたにとっては救うも殺すも同じなんでしょう? だったらもう、ほって置いてください。あの時みたいに、簡単にほっぽり出してくださいよ」
「…何の事だ」
「忘れたなんて言わせませんよ。訓練キャンプから帰ったあの日、基地司令と話していたあなたは、私を辞めさせると言った…! だから私は、あなたの言う通り部隊を…、あなたの言う通りに…」
 俯く彼女の頬を銀線が走る。
「なぜですか?」
「…静かにしろ、一等官」
「なぜ私を追い出したんですか…? 私は…私は最後まで…」
 突然、彼のセンサーに複数の動体反応が掛かった。彼は、ジーナの言葉を無視して彼女のすぐそばに歩み寄ると、彼女を抱き寄せて覆いかぶさる。
 次の瞬間、壁の大穴から投げ込まれた手榴弾が轟爆した。
 ジェネシック・ユニバーサルアームズ社製のM3グレネードは、破片生成に優れた対人グレネードだ。薄い外殻と炸薬の間には約300個の鉄粒が仕込まれており、鉄粒一つあたり60フットパウンドの威力を持った散弾が敵を切り刻む。
 その散弾を、ティックはジーナを庇って一手に受ける。
「大丈夫か」
「何故ですか!! 私は来ないでと…!」
「…もう…たくさんだ」
「え…?」
「仲間を失うのも…任務を放棄するのも…もうたくさんだ!」
 ――任務を放棄? あの教官が?
「行くぞ」
「ちょ、ちょっと教官!?」
 彼は彼女の拘束着を左右に引き裂き、抵抗するジーナを無理矢理抱え上げると、右手でマハトを抜き、セレクターレバーを二段落として壁に向かって構えた。
「耳を塞いで口を開けろ」
「待っ…!」
 発砲。フルオートで発射されるマハトの咆哮が部屋じゅうに反響し、彼女に襲い掛かる。
 至近距離から発射された15mm徹甲弾は、部屋の分厚い壁をいとも簡単に撃ち抜き、壁の向こうにいたGIGNのサイボーグ兵三人をスクラップに変えていた。
 ティックはマハトのマガジンを入れ換え、びりびりとした振動が未だに身体に残るジーナを尻目に壁の大穴から部屋を飛び出し、煙に紛れてマハトを連射する。