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VARIANTAS ACT 16 心のありか

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 狭い通路での戦闘。
 長銃身のマハトを最小限の動きで躍動させる彼を前に、最精鋭のGIGNといえど劣勢を強いられるのは明白であった。
「ゴースト01からリーダーへ」
 部屋でロザリオを数えながら祈る義手の男の無線に、部下からの報告が入る。
「第三層C12通路で目標と交戦。大破6、戦闘不能。警備班は全滅の模様。ゴースト各班、配置完了」
 男は手を止め、目を開ける。
「ゴーストリーダーより各員へ。今夜の敵は格が違う。大戦の遺物であり、最強の兵士、ファントムだ! 決して仕留めようなどと考えるな! 集団行動を維持し、退路を寸断しつつ、檻へ追い込め」
 男は、心の中で呟く。
 ――これで良いんですね…。教官…。




***************




 私を抱え上げる彼の腕から伝わってくる、ほのかな温もり。
 それが、彼の機械の身体から出る、ただの排熱だと分かっていても、私にとっては人の肌の温もりと同義だった。
 臓器の代わりに与えられたポンプと化学プラント。
 有機神経の代わりに与えられたデジタルネットワーク。
 筋肉の代わりに与えられた超電導アクチュエーターと複合金属筋繊維。
 肌の代わりに与えられたチタン・セラミック複合装甲。
 生身だった頃の彼を、私は知らない。つくりものの身体でも、私にとっては、それが“彼”という人間なのだ。
 だからこそ許せなかった。

 突然、一旦退いたと思っていた連中が、私たちの退路を遮断するように双方向から攻めてきた。所謂ローラー作戦だ。
 撃ち合い。目の前で、火の玉のようなマズルファイヤーが散り、まるでテレビゲームのように戦闘は続いている。
 戦闘は優勢?
 否、断じて否だ。
 連中の義体は対機甲戦闘用の特殊重装甲。さしものマハトも、最大厚30mmの複合装甲には歯が立たない。それに加え、各々が25mm先進個人火器を携行している。
 教官は私を抱えているせいで、満足に反撃できない。私がいなければ、教官はその有り余る戦闘能力で敵をすり潰しているだろうに。
 教官は私を抱えたまま、敵のいない通路を猛進する。敵は追ってこない。
 その謎掛けの答えは明白だった。
 教官が分厚い気密扉を蹴破り外に出る。
 広がる闇。飛ばされてしまいそうな突風が吹き付け、遠い眼下に街の明かりが煌めいている。
 点滅を繰り返す艦の航空灯。
 その度に闇から浮き上がる、義手の男の姿。
 男が、一文字に閉じた口開いた。

「お久しぶりです、教官」




***************




「本当に当てられんのか?」
 大口径の望遠スコープを覗き込むエイトがガントにそう言うと、ガントは首と肩をごきごきと鳴らしながら答えた。
「誰に言ってんだ、誰に。上手くやるさ」
 彼はそう言って自分の右横にある、シートの掛けられた小山のような金属の塊をゴンと拳で小突く。
「でもよ大将、任務を終わったが連中に逮捕されるだなんて醜態は…」
「スポッターならスポッターらしく、しゃんとスコープ覗いてろ」
「へいへい、わかりましたよ」
 スコープの向こうに、糸のようなハイウェイと砂粒のような車両が見える。
 倍率を切り替え、ズーム。
 スコープを覗くエイトに、ガントが問う。
「どうだ?」
「目標を目視で捕捉。ポイント不着。定時まで240秒」
「後は向こう次第か…」
 廃ビルの屋上から街を見渡す二人。
 エイトが、小さくつぶやいた。
「…局長は、一体何が目的なんだ? ここまでする意味があんのか?」
「さあな。ただ局長が何か途方もなく大きな物をぶち破ろうとしている事は確かだ」
 エイトが息を飲んだ、その時だった。
「来た来た、ポイントまで100m!」
「さて、こいつの出番だ…」
 ガントが、シートの端に手を伸ばした。




***************




「お久しぶりです、教官」
 義手の男が、柔らかな微笑みでティックに会釈する。
「バルク准尉」
 ティックは、マハトの銃口を向けたまま彼の名を口にした。
 かつての教え子。今の敵。
「今は大尉ですが…」
 苦笑いするバルク。表情は和やかだが、右手に持った25mmヘビーペイロードライフルと腰に挿したソニックブレードは、まるで正反対の表情だ。
「退け、バルク。お前達の負けだ」
 ティックがそう言うと、バルクの表情が一変した。
「一度、あなたと本気でやり合ってみたかった。それが、いま叶う」
 その瞬間バルクは、持っていた25mmヘビーペイロードライフルを二人に向かって撃った。
 迫る25mm弾は3発。
 ティックは右手のマハトで、その弾丸を撃ち、弾き飛ばすと同時に、バルクの額に照準を合わせてトリガーを引いたが、バルクは放たれた15mm弾を回避。
 次の瞬間バルクは、ライフルを投げ捨てると同時にティックへ迫った。
 ティックは咄嗟に、ジーナを引き離して放るが、つい先ほどまで離れた所にいた筈のバルクは、既にティックから三歩ほどの至近距離にいる。 
 ――速い!
 ティックはマハトを連射。しかし弾丸はバルクが右手に持ったソニックブレードで切り払われる。
 ティックまで、あと一歩の距離。
 左から右へ振り抜かれ、ソニックブレードがマハトを両断する。
 あと半歩。
 順手から逆手に持ち替えられるブレード。鋭い軌道を描きながら迫る刃先。
 その刃をティックの巨大なブレードが受け止め、激しく火花が散る。
 その時、バルクの左掌底が彼を捉えた。
 インパクトの瞬間、バルクの腕部人工筋繊維群が拡張し、瞬時に収縮。バネのように打ち込まれた掌底から生じた衝撃波が、彼の腹部へ伝播し、装甲内部へ浸透する。 
 ――体外衝撃波破砕術…!!
 放られたジーナが受け身を取り、バルクが投げ捨てたライフルは未だ落下の途中。それほど僅かな間だった。
「教官!」
 ジーナが起き上がり、駆け寄ろうとする。
「来るな!」
 ジーナを制止するティック。
 その瞬間、甲板に兵士達がなだれ込んで来た。
 かつては兵士として訓練されたジーナの身体が、その戦闘技能に従って無意識に動く。
 ――逃げろ。
 しかしどこへ?
 にじり寄る兵士達によって左舷へ左舷へと追い込まれ、眼下は海。後ろはもう足場が無い。
 怯むジーナを捕らえようとする兵士達の手。その時、後ずさるジーナが足場を踏み外した。
「あ…」
 ジーナが船体外殻の傾斜を滑り落ちていく。
 落下という、身をすくませる本能的な恐怖。それに抵抗しながら、彼女は何かに捕まろうと必死にもがき、腕を延ばした。
 あった。ちょうど斜面の終わりに設けられた点検用ハッチの張り出し。
 しかし次の瞬間、彼女の体は斜面の終わりに差し掛かっていた。
 宙に放り出される身体。
 彼女は渾身の力と、ありったけの勇気を込めて、張り出しに腕を伸ばした。
 指が張り出しに掛かり、腕一本でぶら下がる。
「くぅっ!」
 肩に張り詰めた痛みが走り、軋むような音がした。
「一等官!」
「き、教官…!」
 バルクの斬撃に応戦しながら、ティックがジーナに叫ぶ。
「跳べ! 一等官!」
「でも…!」
「一等官!!」
 ジーナへ向かって、数人の兵士がワイヤーで降り始めた。