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VARIANTAS ACT 16 心のありか

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Captur 4



 壁に設けられたベンチレーターの羽が空を切る音で、彼女は目を覚ました。金属の肌を剥き出しにした部屋に置かれた、小さなパイプ椅子の上、体は拘束着できつく締め付けられていて、身動き一つ取れない。切れかけの電灯が点滅を繰り返し、体は左右にゆっくり揺れている。
「目が醒めたようだな」
 太い声が部屋で反響し、四方から言われているように聞こえる。
 ぼやける視界の中に、一人の男が見えた。がっしりとした体に、両腕の黒い義手。体も恐らくは機械化されている。髪型はオールバックで、この男に粗野なイメージはない。
「不本意ながらこれも任務でね。具合はどうだ?」
「頭…痛い…」
「手荒な事をして済まない。だがASAFのエースと不用意に対峙するほど自信家ではないのでね」
「あんた達…GIGN…」
「君の事は少し調べさせて貰った。元中央軍人だったようだね、ジーナ・バラム准尉」
「…その名で私を呼ぶな」
「何故? 君の話は有名だよ。トップの成績でありながら突然姿を消した、零番教導で唯一の女性。それが君だった」
「そんなこと聞いてどうするの? 第一、GIGNが私をどうする気?」
「君には本国で、ASAFの全てを証言してもらう事になっている。君はただ一言、ブルーノ・フォン=アングリフの名前を出せばいい。それに…」
 男がにやりと微笑む。
「君と私は似た者同士だからだ」




***************



[0015時・治安局本局]

「どういう事っすか、局長!! ちゃんと説明してください!」
 連絡を受けて呼び出されたエイトが、作戦指令室でアングリフに咆た。だがアングリフは、表情一つ変えずにエイトを見ている。
「今から約10分前に、バラム一等官の反応が監視システムから消えた。通信にも応答無し。何らかの軍事作戦行動に巻き込まれたと見て間違いない」
「軍事作戦行動って…! 局長! これは明らかに敵対行動じゃないすっか! なんですぐに部隊を出さないんすか!?」
「それに関してなんだけどね…」
「局長ォ!!」
 咆るような絶叫と共に、病院着のままのガントが入ってくる。どうやら病院から無理矢理抜け出して来たようで、右肩には未だにギブスが付いていた。
「局長! ジーナが連中に拉致されたってどういう事ですか!」
 アングリフが眉を顰る。
「あれ?ガント君まで呼んだ覚えはないんだけどな」
「ジムから聞いて飛んで来ました。それよりも救出作戦は!?」
「それが出来ないのよ」
「出来ないって、何故ですか!」
「よく考えてみろ、我々の権限が及ぶのは、重犯罪と反政府ゲリラ及び一部の指定集団の三つだけ。だがGIGNは違う。出動したら最後、国家治安に反すると思われる全ての集団が対象になる。お巡りさんじゃどうしようもないって訳」
「連中の目的は?」
「不可侵条約違反、及び、交戦規約違反の立件…。例の軍閥に対する行動に関してだろうけど、しかしその真の目的は私への私怨を晴らすこと」
 アングリフの表情は鋭い目付きに変わっていた。
「…どういう事ですか?」
「奴は…、ヴィドックは私の同志だった。だが大戦中の一件で、私に恨みを持っている。もしASAFの誰かを証言台に立たせて、私の名前を出させれば向こうの勝ち」
「なぜジーナが…?」
「ああ、向こう側の内通者を使って、私がチクった。こうするようにたきつけたのも私」
「局長、あんたって人はぁ!!」
「やめろ、エイト」
「でもよ…!」
 突然ガントが、壁にギブスを打ち付けて叩き割った。石膏の破片が床にばらばらと落ちる。
「おい、ガント!」
 心配するエイト。ガントは歪んだ表情で言った。
「局長、あなたのした事を、俺達は一生恨みます。でも、もしここにジーナが居たら、彼女はきっとこう言います。『自分達はただの肉切り包丁だ』と。俺達は、ただの“力”です。相手が誰であろうと、狙って撃つ。ただ、それだけです」
 アングリフがゆっくり微笑んだ。
「大丈夫、始めからそのつもりだよ」
「それじゃあ…!」
「でも、我々はGIGNへ直接手出し出来ない。今彼女を救出出来るのは…」
「…今現在、全ての軍にその登録が無く、一騎でGIGNと渡り合う、そんな民間人だ」
 作戦指令室の扉が開き、ティックがそう言うと、アングリフは機嫌良く同意する。
「はい、その通り。ヨハン君とジムは、もう別の配置に付いてる。後は我々だけ。力として優秀な君達には特別な任務に就いてもらう。やる気は?」
「「あります!!」」
 二人の声が作戦指令室に響くと、アングリフは鋭い目付きで言った。
「それじゃあ、始めようか」




***************




「それじゃああんたも…」
「そう。ただ違うのは、私は逃げなかったという事だ」
「逃げたんじゃないわ、追い出されたのよ…」
「追い出された?」
「理由なんてわからない。ただ彼がそうしたのよ…」
 男は静かに笑った。
「同じ事だ。最終決定をするのは結局自分だからな。私でさえこのザマだ。馬鹿な上官に振り回され、不本意な仕事をさせられる。誇りや志と言われても何の事やら」
「それはご愁傷様。私はそうなる前に自分から出た…」
「それで君は何かを得たか?」
「え…?」
「信念? 誇り? はたまた戦友?」
 男は一瞬、哀しそうな目で眉を顰た。
「…逃げ出した先に、楽園なんて無いんだよ」
 そう言ってから部屋を出た彼は、シュッと鋭く息を吸ってから、扉の側に立っていた部下に命令した。
「艦の警戒レベルをA2まで引き上げろ。それと共に、義体の武装レベルも装備350まで引き上げる」
「350…!? 対機甲戦闘装備!」 
「気をつけろ。奴らが来るかもしれん」
「ASAFは我々に手出し出来ない筈です。それに我々機械化部隊がMAPS部隊に力負けするとは…」
「奴らの戦闘能力は未知数だ。未知の力には全力で対応しろ」
「了解しました」
「さて、鬼が出るか蛇が出るか…。フ…、来るなら来い。この艦を墓標にしてやる」
 第三軍港に停泊する、タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦。
 それが彼らのバックボーンにして、GIGNの持つ海上の要塞である。




***************




 空っぽの身体で、私は戦い続けた。
 ただがむしゃらに走り続けた。
 止まれば終わってしまう。
 止まれば追い付かれてしまう。
 走れ! 走り続けろ!
 誰の手も借りずに、一人で走り続けろ!
 どうせ誰も気に留めない。 
 ――逃げた先に、楽園なんて無い。
 それがどうした。どうせ楽園なんてどこにも無い。
 どうせ無いなら、逃げてもいいだろう?
 でも今度はどこへ逃げる?
 助けは来ない。
 その上、打開不可能な状況。
 考えろ、考えろ、考えろ!
 お前の心はどこにある。頭で考えるな。心で考えろ!
 自分を偽るか。同僚を売るか。
 自分を偽るなんて出来ない。
 同僚を売る事も出来ない。
 ましてや、連邦刑務所で同じ女達の娼婦役にされるのも、真っ平ごめんだ。
 自由にならないなら捨ててしまえ。
 解らないならそのままでいい。
 人の身体は脆い。
 例えば、大量の失血。
 例えば、窒息。
 身動き一つ取れなくとも、舌を噛めば事足りる。