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VARIANTAS ACT 16 心のありか

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Captur 3



「ふざけないでください」
 目の前の男に向かって、私は思わずそう言い返した。
「頼むよ、ジーナ君。君にしか頼めないんだからさ」
 男が私に懇願する。
 本来ならおかしな構図。
 ここにいる男は、治安局局長・アングリフだ。
 それでも私は迷わず言い放った。
「嫌です」
 局長は聞き返す。
「なんで?こんなに頼んでるのに」
 私は答えた。
「私である必要が見当たりません。第一休暇中の私を、『緊急任務だ』と騙してここに引っ張り出したんですから」
 局長が口ごもる。
「だってさぁ、…て言ったら…来た?」
「はい?」
「だからさ、ティック=スキンド大尉を病院まで迎えに行ってだなんて言ったらここまで来なかったでしょ?」
「当たり前です」
「ほらねー?」
 局長は大袈裟な動きで額を押さえて、大きくため息をついた。
「だから君を騙して来させた訳…」
「帰ります」
「話は終わってないよ?」
「話す事なんか何も…」
「君、本当に大尉の事を恨んでるの?」
「…はい?」
「恨んでる人間を、ASAF全隊で助けろだなんて普通言わないでしょ?」
「…それは…」
「“大尉のせいで部隊を出た”だとか、“人として最低の扱いを受けた”だとか、君は本心からそんな事思ってるの?」
「何が言いたいんですか?」
「そは、我等はその子孫なり」
「え…?」
「何があろうとも、彼が君の教官である事には変わりはない。恩師は大事にしないと」
「私は彼を殺すかも知れませんよ?」
 局長が、口元を歪めて微笑んだ。
「どうぞ、ご勝手に」
「なんですって…!?」
「勝手にすればいいんじゃないの?君自身の問題なんだから」
 局長は、全く輝きの無い深い穴のような眼差しで私を見据えた。
「局長は私に何をさせたいんですか?」
 彼は答えた。
「私が言った事を」
 そう言った彼の顔は、うっすらと、妖しい笑みを浮かべていた。
 全くもって卑怯である。
 私の弱みに付け込んで、嫌がらせのような事ばかりを頼み込んでくる。
 確かに、教官のような外見の人を街中に放っぽり出すのは得策ではない。
 それでも、わざわざ私が行く理由は無い筈だ。
 それなのに…
 それなのに私はどうして、ここにいるのだろう…。


 窓の無い部屋。
 まるで研究室か何かのような計器や機械が並ぶその部屋は、その特殊性故に“整備室”と呼ばれていた。
 だがここは機械整備工場ではない。
 病院である。
 この部屋は、処置室と病室を兼ねた兼用の部屋。
 ここは、生身の人間用機材が一切ない、完全機械サイボーグ専用の病棟。
 それ故の“整備室”なのである。

 寒い…
 思わず出た言葉。
 部屋は気温が低く、湿度も低い。
 その部屋の奥に吊されている、金属に覆われた機械の身体。
 無骨なハンガーと鎖で吊された彼は、まるで整備途中の機動装甲のように、その大きなボディーを冷えた空気の中で静かに休ませていた。
 開け放たれた装甲外殻。
 沢山のコードやケーブルやチューブが繋がれた彼の“身体”は、あらゆる生物が持つ、所謂『生気』と言う物を全く発していなかった。
「教官」
 離れた所から彼を呼ぶ。
 だが、返事どころか反応さえ無い。
 私はもう一度彼を呼んだ。
 それでもやはり反応は無い。
 彼は死んでいるのか?
 そんな不安が頭を過ぎった私は、彼の目の前まで静かに歩み寄った。
 初めて見る彼の姿。
 普段、コートを着て私達の前に現れていた教官。
 その教官の“裸の姿”。
 その姿は正に、機械の塊そのものだった。
 それなのに私は、大きく背伸びをして、彼の頬に手を触れていた。
 指先に伝わる金属の冷たさ。
 それを無視して、私の指は彼の“素肌”をゆっくり撫でた。
 頬から首へ、そして胸へ。
 彼の胸では大きなポンプが稼動していた。
 彼の脳へ酸素と栄養を供給する、鉄の心臓が。
 その心臓へ繋がる太いパイプは、人のそれと同じように一定のリズムで脈動していた。
 そうか…
 機械の身体でも、彼の脳は生きている…
 いや…
 生かされている…
 気付けば私は、彼の、脈打つ大動脈を手で掴んでいた。
 これを引き抜けば、彼は死ぬ。
 そんな思いが、私の脳裏を掠めていた。
 私の手の中で、彼の命が脈打っている。
 それを押さえるように、私の手に力が入る。
 だが次の瞬間、私の手は凍り付いた。
「気付いていたんですか?教官…」
 彼のセンサーアイに、淡い光が灯った。
 それと同時に、彼の身体が地面へ下ろされる。
 地面へ付いた彼の身体は、物々しい機械音を出しながら元の形へ戻っていった。
 彼が立つ。
 私の目の前に、こんなにも近くに。
 教官が私に問う。
「何をしに来た」
「あ…」
 喉の奥で言葉が詰まった。
「私を殺しにか」
「ち、ちが…!」
 彼が私を見つめる。
「私は教官を迎えに…」
「そうか」
 彼はそう言って、たたんで置いてあったロングコートを羽織った。
「教官…」
 彼は振り返らない。
「あの時のファントムは、どうしたんですか?」
 なぜ私はこんな事を聞いたのだろう…
 答えなど知っているのに…
「やっぱり教官は何も感じないんですね。機械と同じだ…」
 ちがう…
 教官は…
「ファントムだなんて格好付けて、やっぱりただの戦闘機械…」
 突然、教官の右手が私の服の胸倉を掴み、私の身体は壁に押し付けられた。
 服が裂け、教官の足元に、私の服からちぎれ落ちたボタンが転がる。
「お前に…、脳を刔られた同胞達の何が分かる…!」
 私は構わず、教官に言った。
「へぇ…、教官も怒る事があるんですね」
 教官の左手が握りしめられた。
「その左手でどうする気ですか? 私を殴りますか? それとも、人間の真似して私をここで犯しますか? 無理ですよね、そんな事…。あなたのボディーでは…」
 教官はその手をゆっくり放した。
「君は私を罵倒する為にここへ来たのか?」
「まさか。そんな事の為だけにあなたに会いになんて来るものですか。私は私の任務の為に此処にいます」
 そうだ…
 これは任務なのだから、何も考えずに遂行すればいい。
 私の任務は、彼を本局へ送り届ける事。
 それさえ成せば、後はもう…
 もう会う事も無いだろう。
 もう二度と…




************




「情報開示…。それもASAFに関わる全項目を…ですか」
 アングリフは、わざとらしいため息をつきながら、目の前にいる軍服の男に聞き返した。軍服の男…、GIGN特機司令官のヴィドックがアングリフをあからさまに睨みつける。
「GIGN士官として当然の権利だ。今回の騒動の原因と真偽を明らかにする為のな」
「ヴィドック少佐、それでは我々が騒動の原因みたいではありませんか…。それに、都市治安は我々の役目なのでは?」
「貴様が治安維持の名目で6課や9係を用いて軍部に対する諜報活動を行っているとの情報も掴んでいる」