VARIANTAS ACT 16 心のありか
窓の外で揺れるケヤキの枝葉が、まどろむような木漏れ日を映し出し、右肩から上腕にかけての全てをギブスで覆われたガントの横顔を鮮やかな光で照らしていた。
一人部屋の病室。
ベットのリクライニング機能で上体を起こした彼は、何も無い空間をぼんやりと眺めていた。
護ってやりたいなどという自分勝手な激情を、正当化しようとする言い訳がましい自分の思考。
くだらない嫉妬心で突っ走り、被弾して傷付いた自分の身体を支えて連れ出したのは、誰でなくジーナだった。
額に残る、幻のような感覚。
あの時、ファントムに突き付けられたマハトの感触は、MAPSの装甲を突き抜けて額に染み込んでいた。
「大丈夫ですか?ガント先輩」
彼の思考を遮るように、見舞いの品を持ったジムが病室へ入ってくる。
彼は、手に持っていたフルーツのバスケットを棚の上に置いて、ガントの側の椅子に腰掛けた。
「傷はもう何ともないな。ギブスは明日取れる」
答えるガント。
彼の肩は、拳銃で撃たれたとは思えないほど大きく損傷していた。
骨は砕け、神経は裂けていた。
それでも今では綺麗に“修復”され、しっかりと彼の胴体に付いている。
「そうですか…。安心しました」
ジムがそう言って、安堵のため息をついた。
「みんな心配してました。エイト先輩も、ジーナ先輩も…」
ガントが皮肉な苦笑を見せる。
「ジーナも…か…」
「嘘じゃありませんよ!」
ジムが、珍しく声を張り上げた。
「…なに怒ってんの? お前」
ガントが冷静に切り返す。
「すみません…」
ジムは小さく謝ってから深呼吸。
「ジーナ先輩は、ガント先輩の怪我を自分のせいだと…。ファントムが関係している事は、自分のせいだって…。無茶苦茶ですよ…」
「お前、やっぱりジーナの事を…」
「ち、違うんです!そんなんじゃなくて…。ただジーナ先輩がかわいそうで…」
「かわいそう…か…」
無言の時間が、暫くの間流れる。
ガントが、大きくため息をついた。
「ジム。人間はな、自分が思っているほど不幸じゃない。問題なのは自分の過去の人生の中でどれほど多くの幸福を感じられるかだ。ジーナの中にはな、ほかの誰が居るんだ。それが誰なのかは分からないし、どんな気持ちなのかも解らない。でも、もし、その誰かがジーナを苦しめているなら、彼女は自分でどうにかするしかないんだ。寂しいかも知れないけどな、俺たちはただの“同僚”だからな」
ジムは静かに拳を締めた。
「ガント先輩はジーナ先輩のことを…?」
「馬鹿」
ガントがジムの頭を小突く。
「いてっ」
「野暮な質問するな」
「す、すみません…」
「ジム」
「はい?」
「俺は逃げたんだ」
「え…?」
「ジーナの過去を共に背負う覚悟が無かった。箱を開くのが怖かったんだ」
「パンドラの箱…?」
「知るのが怖かった。彼女の心に誰がいるのか。どんな災いが飛び出すか。それが怖かった。でもな、ジム。箱を開かなきゃ、たった一つの希望だって見出せないんだ。俺はそれをわかっていなかった。だからジム、お前がそのつもりなら、ジーナの本当の心がどこにあるのか、それを探し出してくれ。そうすればきっと…」
ガントの言葉の途中、部屋に看護士が入ってくる。
検温の時間のようだ。
「それじゃあ先輩…」
「じゃあな」
病室から出て行くジム。
廊下を歩き、ふと窓の外を見る。
ケヤキの枝葉が揺れる。
「心のありか…」
作品名:VARIANTAS ACT 16 心のありか 作家名:機動電介