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VARIANTAS ACT 16 心のありか

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Captur 2



“雨”だ…
 あの時と同じ、全身を濡らす滝のような雨。
 地面はぬかるんで、土は脚に纏わり付き、靴の中まで雨水が入り込んでいる。
 私はその中で脚を止めていた。
 私の背中に突き刺さる、剣のように鋭く鉛のように重い視線。
 痛いほど感じる、あの人の…
 目で見ずともわかる、あの人の視線…
 私は震える肩を押さえ付けて、振り返ろうと足を動かした。
 突然、意図せず揺れる身体。
 その瞬間、私の身体に、撲られたような衝撃が走った。
 胸に熱い感覚が広がっていく。
 理解出来ない意味不明の感覚。
 その胸に、私は手を延ばした。
 指先に、ぬるりとした血の手触り。
 胸に突き刺さる、一本の鉄杭。
 崩れて座り込む私の身体を貫く錆びた鉄杭を血が伝い、地面に落ちる。
 血は地面に広がり、目に見える全てを飲み込んで行く。
 地面も、木も、草も、空さえも。
 気が付けば私は、裸の身体を杭に貫かれていた。
 私は叫び声を上げた。
 張り裂けんばかりの叫びを。
 その度に、私の身体を杭が貫いていく。
 一本、二本、三本…
 私の身体は原型を留めないまで貫き続けられる。
 声を上げる生命力はもう残っていなかった。

 ダレカタスケテ…

 ただその言葉が、気管に詰まった血栓によって阻まれる。

 どうして…
 どうして助けてくれないの?

「教官…」


「ジーナ…!」
 自分を呼ぶ女の声で、彼女は目を覚ました。
 目に入ってくる淡い光。
 小さく、呻くような、声にならない声。
 彼女は必死に、自分の身体を撫で回した。
 身体はある。
 なんともない。
 傷も無い。
 分かっていても、何度も繰り返す。
「ちょっと…、大丈夫?」
 隣にいるエレミアが、シーツの上で身をよじるジーナを心配そうに見つめている。
「ん…」
「まったく…、隣でウンウン唸られちゃ堪ったものじゃないわ…。今お水持ってくるね」
 そう言ってベットをおりる彼女を、ジーナは目で追いながら身体を起こし、大きなため息をついた。
 朝の薄闇。
 カーテンが風に揺れている。
「いいの? せっかくの休暇なのに家に帰らなくて…。もう2日よ?」
 エレミアは、冷蔵庫の中を漁りながらジーナに言った。
 彼女は答える。
「迷惑ね…」
「迷惑だなんて…。ジーナと居るのは楽しいし、それにあなたの女房役には馴れたわよ。はいお水」
「…ありがと」
 ジーナは水を一口。
 エレミアはベットの上に手をついて身を乗り出し、枕元の窓を開け放った。
 再び彼女が問う。
「なにか悪い夢でも見たの?」
 ジーナは答えた。
「聞いて面白くもないし、話したくもないわ…」
「“教官”?」
「え…?」
 ベットに腰掛けるエレミア。
「ほら、またその顔。寝てる時もそうだったけど同じような顔してたわよ? 美人が台なし」
 ジーナがぼやく。
「女の幸せ遠のくわね…」
「大丈夫よ。あなた装備課の女の子達にすっごい人気あるんだから。仕事も出来て美人で、“できる女”の鏡だって。自分じゃ気付いてないでしょうけと、あなたってとてもキュートでセクシーなのよ?」
「あら、うれしいわね。彼女でも作ろうかしら…」
 そう言って苦笑するジーナを見つめながら、エレミアが遠慮気味な声で問うた。
「ねぇジーナ…、あなたの言ってる“教官”ってどんな人?」
 ジーナの眉が歪む。
「なんでそんな事聞くの?」
「夢にまで出てくるんでしょ?男の人?」
「一応」
「素敵な人?」
「まさか…。それに出てくるのはいつも悪夢にだけよ。それに…」
 ジーナはもう一度ため息をつき、ズレた肩紐を直した。
「教官は私にとっての痛みそのものよ…」
 二人の間に沈黙が流れた。
 長い沈黙。
 エレミアは怪訝な表情で聞き返す。
「なにそれ?」
 部屋の中を風が駆け抜ける。
「分からないでしょうね…。分かって貰えるとも思ってないし…」
 そう言ってジーナはベットから降り、立ち上がった。
 その彼女の背中を、エレミアは切なげな顔で見つめている。
 背中にある傷痕。
 傷痕など簡単に消せるはずなのに…
 でもその傷痕が、彼女の肢体をより艶かしく見せていた。
「ねぇ、ジーナ…。何が有ったか分からないけど、あまり自分を責めないでね…」
 そう言う女に、ジーナは振り返らないまま呟いた。
「ねぇ、エレミア…、私って捻くれた女ね…。お世辞にも、人となりが良いとは言えないわ…」
「恋でもしたら?きっと何かが変わるわ」
 ジーナが、服を着ながら答える。
「もう恋なんてしないわ…」
 彼女が振り返る。
 あの名前を口にした時と同じ表情で。
「ありがと…。もう帰るわ」
「ジーナ…」
 部屋を出ていくジーナを、エレミアは止める事が出来なかった。
 ジーナの目は、剥き出しのナイフのような目をしていた。
 触れれば傷を負うような目を。
 エレミアは小さく呟いた。
「朝ごはんくらい食べて行けば良いのに…」




************




 ぱちん、ぱちんと、軽快な音が部屋に響き、彼の足元に木の枝が落ちる。
 小さな鉢に植えられた小さな松。
 その枝を剪定鋏で切りながら、アングリフは思考を巡らせていた。
 捜査官を救出したあの作戦。
 作戦後の隊員達。
 作戦の後始末。
 彼の頭の中で、記憶がリフレーンする。

「松は成長が遅くてね、やっと剪定できる大きさになったよ」
 ヨハンが答えた。
「改良種に替えられては?成長は早いですし、無駄に伸びませんし」
 また一つ枝が落ちる。
「ヨハン君、盆栽は手間をかけるからこそ価値が出る。改良種はどうも好かん。つまらない」
 深呼吸一つ。
「さてと、そっちはどうなった?」
「報告します。作戦終了、実行は公安3課(ライラプス)。昨夜、作戦行動を“捕捉”から“攻撃”へ移行。散っていたアストレイ残党を処理、殺害・12。痕跡は完全に消去、撤収完了」
「いいよいいよ、非常に良い。例の機体の方は?」
「01回収時と共に回収。機種は『HMA−360h1』。鑑識からの報告ですと、製造コード、登録ナンバー、機体通し番号の全てが削除されており、製造所の特定は不可能です」
「軍の介入は?」
「作戦終了直後から確認されています」
「GIGNか」
「はい。未明から、GIGN第一班が作戦区域を封鎖。同作戦区域内の支局と合同で主要道路の検問を開始。現在も継続中です」
「ほう、流石に手早い。主要都市治安権の引き渡しを求めてくるだけの事はある。3課と9係の行動に障害は無いね?」
「はい、問題ありません」
「司令官は?」
「ギリアム=リー・ヴィドック少佐です」

 窓の外を眺めつつ盆栽を弄る彼。
 突然の電話のベルが、彼の意識を引き戻す。
 一つ、大きく息をつき、受話器を取る。
「はいはい?」
「局長、中央軍憲兵隊からのご伝言です。『今日正午に会合の用意を』と」
 アングリフがぼやく。
「はぁ、それはまた…」
「それから警察病院からお電話が有りまして、大尉のお迎えは何時頃かと…」
「ああ、それね。それなら迎えの人間を手配するよ」
 アングリフはそう言って、ニヤリと笑った。




************