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VARIANTAS ACT 15 鉄鋼人

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Captur 2



 朝から雨が降っている。
 棒のような雨粒が、地面を叩く強い雨が。
 その中で、何故私はこうも走り続けているのだろう…
 昨日。
 自分の言い出した事のくせに、結局彼等と共には行かなかった。
 飲み屋の代わりに、私は局長室へ押しかけ、局長に詰め寄っていた。

「何だって?」
「ですから、私をこの任務から外して下さい」
「何で?」
「今のままでは私は闘えません」
「作戦が気に入らないの?」
「違います」
「だから、何が気に入らないの?」
「中央軍人と一緒なのが嫌なんです」
「君も元中央軍人だよね?違う?」
「だからです」
「中央軍で君に何があったか知らないけど、任務にはついてもらわないと」
「私達には同僚を選ぶ権利があります」
「だから?」
「はい?」
「そんな感傷的な言い訳で任務が選べるとでも思っているのか、ジーナ=バラム一等官。同僚を選ぶ権利は認めよう。だが、任務を選ぶ権利などお前達には無い!同僚が気に入らないとしても、それが任務に必要なら、お前達の権利などは無いと思え!任務を優先しろ!感じるな!考えるな!お前達は力だ!力は意思を持つな!」

 風が雨粒を薙ぎ、横殴りの雨が彼女の身体を打つ。
 気付いてみれば、彼女の脚は棒のようになり、ただ立ち尽くしていた。
 …力は意思を持つな!
 局長が最後に言った言葉。
 自分でも分かっていた。
 自分達のように、平時に於いてなお武力を行使する集団は、法の正義の下に殺人を容認される。
 だから私は考えるのをやめた。
 軍から治安局へ移る時に抱いていた全ての事を。
 ここなら忘れられる。
 ここでなら離れられる。
 そう信じて、今日まで生きてきた。





******************




「9mm、まとめて2箱お願い」
 彼女は装備課のカウンターで、二つの箱を受け取った。
「射撃練習にしては多くありせんか?」
 装備課のエレミアが、怪訝そうな表情で書類を手渡す。
「関係ないでしょ」
 そう言いながら書類にサインするジーナに、エレミアは周囲を見回しながら小声で話し掛けた。
「ちょっと聞いたわよ、ジーナ…。局長に盾突いたんだって?」
 ジーナの手が止まる。
「女の噂って恐ろしいわね…」
「最近あなたが何も話してくれないからでしょ?」
「ごめん…」
 射撃場へ入っていくジーナ。
 彼女はレンジの前に立ち、二つのマガジンを取り出して弾を詰めだした。
 一発一発、丁寧に、思いを込めるように。
 彼女は12発の弾が詰ったマガジンを、グリップの中へ納めてから耳当てとゴーグルを付け、スライドを引き、銃を構えた。
 軽く引かれるトリガー。
 拳銃から発射された9mm弾は、シューティングターゲットのど真ん中を貫いた。
 次々に発射される拳銃。
 排出された薬莢が、地面に落ちて、無機質な音を奏でた。
 ロックするスライド。
 彼女が空のマガジンを抜き、もう一つのマガジンをグリップに納めたその時、彼女のいるブースから幾つも離れたブースから、まるで雷鳴のような発砲音が聞こえ始めた。
 聞き覚えのある、特徴的な発砲音。
 発射された弾は数センチの隙間も空けずに着弾し、ターゲット後ろの積み上げられた砂袋を四散させる。
 射撃はいつしか止み、射撃場の中が、しん…と静まり返る。

 会いたくない…
 私の中で私の声が聞こえている。
 なのに、なぜ私は彼の事を見つめているのだろう…。
 喉の奥から絞り出す声。
 声の向かった先には、昔と全く変わらない彼がいた。
「もう二度と会わないと思っていました」
 身体の奥がぴりぴりとする。
 彼は言葉を返さない。
 彼の名はティック=スキンド。階級は大尉。
 史上最強の兵士。
 そして、私の教官。
「言う事は何も無いんですか?教官…」
 彼は、口を(実際に口は無いけれど…)開いた。
「私はもう君の教官ではない」
 体の芯が、ずきんずきんと疼き出した。
 数年も昔、私は彼の擁する訓練部隊に入った。
 訓練は熾烈を極め、雨の日も風の日も、例え何があろうとも訓練は続き、何人もの同期が耐え兼ねてリタイアした。
 その度に教官はこう言って彼等を放り出した。
「彼らは逃げたのだ」と。
 極限を越えた、虐待とも言える過酷な訓練の日々。
 格闘実習では徹底的に叩きのめされ、模擬戦では容赦なくゴム弾を撃ち込まれ、痛みと涙で眠れぬ夜を何度も経験した。
 実弾が、頭を掠める事もあった。
 私も、逃げた。

「教官のおかげで今の自分があると思うと嫌になります」
 「そうか」と一言、機械のような返事が返ってくる。
 私は軍を出て、行く宛もなくさまよっていた。
 そんな私を拾ってくれたのが、アングリフ局長だった。
 局長は私にASAFという新しい居場所を与えてくれた。
 軍に居たのが幸いしてか、私の戦闘技能は群を抜いていたらしい。
 機甲戦闘、装甲格闘技、射撃術、戦術スキル…
 私の戦闘技能は、皮肉にも教官から授かったものばかりだった。
 彼の…、教官の事を忘れたくても、私の身体の中には彼の一部が住み着いている。
 私の身体に食い込んで離れない、鋼鉄の亡霊が。

「身体が機械だと、答えも機械みたいになるんですね。教官」
 彼は答えない。
 私は彼に言い放った。
「痛みを感じない身体だと、人の痛みも分からなくなるんですか?」
 サイボーグの身体は痛みを感じない。
 戦闘には最適の身体。
「痛覚など戦闘の邪魔なだけだ」
「私は教官みたいにはなりたくありません。心からも痛みを消してしまえば、人は人でなくなってしまう」
「なら、痛みは君を強くしたか?」
「はい?」
「肉体の痛みがそうならば、精神の痛みもまた同義だ。暴力装置である我々に、そんな物は必要無い」
「だからですか?だからあんな事も平気で出来るんですか?」
 教官は私に言った。
「彼らは逃げた。それだけだ」
 自分の顔が、醜く歪むのを感じた。
「私が憎いか」
 彼が、私の目の前に歩いてくる。
 天を突くような大きな身体が、ゴトンゴトンと重苦しい足音を立てながら。
「来ないで下さい…」
「それ程までに私が憎いなら…」
「来ないで!」
 私は教官に向かって銃を向けていた。
 頭の中が真っ白になった。
「それ程までに私が憎いなら、その銃で私を撃てばいい」
「え…?」
 教官は私の顔をじっと見据えて、銃口の前に立った。
「私を殺して見せろ」
 私は銃を向けたまま、教官の顔を睨んだ。
「教官、私は…」
「銃を撃つのが恐いのか? 新兵…」
 彼には顔など無いのに…
 戦闘のみに特化した彼のボディーには、表情を現わす機能など無い筈なのに…
 その時私には、教官の顔が笑っているように見えた。
 私は教官の胸に向かって、3発の銃弾を撃ち込んだ。
 人間で言うなら心臓に。
 金属の砕ける破壊音。
 弾は、教官の足元に潰れて落ちた。
「その程度の火器では私の装甲には傷も付かない。アーマーコートを着ていなくても、問題は無い」
 私は我慢できなくなり、9mm弾の入った箱を教官に投げ付けた。
 地面に散らばる9mm弾。
 私は射撃場の出口へ向かう。
 そんな私を、教官は呼び止めて言った。