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VARIANTAS ACT14 この娘凶暴につき

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Captur 3



「本当に怒ってない…?」
 彼は恐る恐る彼女に尋ねた。
 騒ぎの後、本登録を済ませ、部屋のキーを受け取り、荷物を起き、一息着いた彼の目の前には、しかめっつらした春雪がいた。
「全然怒ってないですよ」
 春雪は彼から目を逸らしたまま答える。
「本当に…?」
「怒ってなんか…いないです…」
 怒ってないのは確か。
 ただ、彼女の声は泣き声だった。
「泣いてるの?春雪…」
「泣いてないです」
 鼻を啜る春雪。
「春雪…」
「無事でよかった…」
「え?」
「若様に何も無くてよかったです…」
「春雪…」
「…若様は私の全てなんです…。もし若様になにか有ったら私は…」
「ごめんね…春雪…。もう二度と、君に心配させないから…」
「若様…」
 一刃は春雪の肩をそっと抱きしめた。





************




[サンヘドリン保安部地下拘置所]

「ええ、お話は大佐から伺っています。ええ、はい。健康状態には問題ありません」
 “には”?
「はい、なんと言いますか、異常が無すぎるんです。精神?いえいえ…彼はまるで聖人のようですよ。どうやら悟りの境地に達したようで…」
 『聖人』!!
「ハリー=マクドガル。面会だ」
 ハリーの居る独房の前に立つビンセント。
 ハリー=マクドガル、23歳独身。彼女いない歴23年。(未だ更新中)
 職業は…
 “大型飛行艇パイロット”
 あの時彼と共にいた、あの男。
「ハリー…お前…」
 ビンセントは思わず、驚嘆の声を漏らしていた。
 香を焚き、薄っぺらなベッドの上で座禅を組むハリー。
 その姿はまさに…
「おい! ハリー!」
 ハリーを呼ぶビンセント。
 しばらくして返事が返ってくる。
「アッサラーム・アライクム」
 続けてこうも。
「アッラー・アクバル」
 吹き出すビンセント。
 膝が笑い、腰が砕ける。
「お、おま、お前…いつからラビになったんだ?」
 ハリーは答える。
「アッラー・アクバル」
 ビンセントは続けて声を掛け続ける。
「ハリー?」
「アッラー・アクバル」
「俺の事覚えてるかー?」
「アッラー・アクバル」
「お前の名前は?」
「アッラー・アクバル」
「誰が何て言おうと?」
「アッラー・アクバル」
「毎日三食?」
「アッラー・アクバル」
 ビンセントの横隔膜がこれでもかと痙攣する。
 すると突然、ハリーの目から涙がこぼれだした。
「旦…那…?」
「ハリー!」
「旦那!」
 ハリーが鉄格子に縋り付く。
「旦那!よくご無事で!」
 ビンセントが優しく微笑む。
「ああ、待たせちまって悪かったな…」
「マジで心配したっす! 俺、まさか忘れられたんじゃないか? って…」
「(ぎくっ!)」
 ビンセントが、わざとらしく目を輝かせる。
「まさか! そんなことあるわけ無いダロ?」
 キラリと輝く白い歯。
「そうっすよね〜!あはは!」
 屈託の無い笑顔を見せるハリー。
 それを見たビンセントは、安心した様子で大きくため息をついた。
「旦那…どうかしたんすか?」
「あ?」
「あ、いや…少し様子が…」
 ビンセントの表情を見て、心配した様子で話しかけてくるハリー。
 ビンセントはまるで観念したかのように、ゆっくり話し始めた。
「実は持って帰って欲しい物があるんだよ」
「何すか?」
「ユリア」
 ハリーの目が点になる。
「…ひょ?」
「いやさ…、今朝うちに殴り込みに来やがってよ。傍に置くわけにはいかねぇから家に帰す」
「あれ? 旦那…。なんか話しのつじつまが…」
「それでお前が帰るついでに乗せてってって事な訳で…」
「いやだから話に矛盾が…」
 ビンセントは大きくため息を着いた。
「いつかはバレるから話しとく。俺は今、サンヘドリンの軍属なんだ」
 ハリーはけらけらと笑った。
「旦那! そんな冗談いくらなんでも通じませんって! だって旦那は…」
 言葉を飲み込むハリー。
 ビンセントの服装はラフながらも、確かにサンヘドリン尉官の物だった。
「旦那…」
「俺、あっちじゃ死んだ事になってんだ。今更戻っても、俺の居場所はもう無ぇ…。それなら俺は、ここに残って、化け物供と戦った方がいい。給料も悪くねぇし…」
「ユリア姐さんは納得してくれるんすか?」
「あ?」
「ユリア姐さんは旦那の事を心から…!」
「お前はどうなんだ?」
「えっ!」
「惚れてんだろ? ユリアに」
「お、俺はそんな…!」
「お前にしか任せられねぇだ…。俺にはもう、お前にしか…」
「旦那…」
 ハリーはビンセントの性格をよく知っている。
 スチャラカで女好きで、本気なのか冗談なのか分からないところも。
 でも今の彼は本当に真剣だったと、ハリーは分かった。
 何年も共に仕事をこなしてきた親友だからこそ…。
「旦那…」
「あ?」
「俺、ユリア姐さんの事を最後まで護るっす! 旦那の思い、俺には分かったっすから…」
「すまねぇ…ハリー」
「ところで旦那…」
「あ?」
「ユリア姐さん、少しは胸大きくなったっすか?」
 ビンセントの右手がハリーの顔面を掴む。
「おっぱい好きの口はどの口だぁ?」
「す、すんません!か、勘弁…!」
「貧乳」
「え?」
「相変わらずの貧弱乳」
「そ、そうっすか…」
 ハリーの顔面を掴んでいたビンセントの手が、ハリーの肩に回った。
「まぁ気落とすなや! 安心しやがれ、ハリー! 世の中の半分は…おっぱいで出来ている!」
「おおっ!」
「さぁ共に歌おうではないか!」
 肩を組みながら、拳を上下に降り、『おっぱいおっぱい』と連呼するビンセントとハリー。
 それを見ていた看守は思わず呟いた。
「馬鹿だ。絶対馬鹿だ、あいつら…」





************




「ひあっ!?」
 ユリアの背中に寒気が走った。
 バスルームで、頭からシャワーをかぶっていると言うのに、物凄く趣味の悪いマーチが聞こえた気がする。
 それと共に、ビンセントの声も。
 彼女は自分の肩を抱いた。
 取り戻したかったものが、今度は自分を拒絶する。
 泣きたい程悲しい筈なのに、涙が出てこない。涙なんてとっくに枯れたらしい。そんな自分を鏡で見れば、ひどくやつれて見えた。
 バスルームの壁に額をつく。
 彼女の肩を、お湯に濡れた黒いストレートヘアーが滑り落ちた。
「クソ兄貴…」
 その時、玄関のドアが開く音が。
「(誰…?)」
シャワーを止め、壁に張り付きながら足音を確かめる。
「(兄貴じゃない!)」
 彼女はバスルームの扉を静かに開け、タオルの下に隠していたスタームルガーを手に持った。
 身体にバスタオルを巻く。そして足音を忍ばせながら、人影に忍び寄る。
「動くな!」
 襟首を掴み地面に引き倒してから胸元を押さえ付け、馬乗りになりながら銃を突き付ける。
「きゃっ!」
 華奢な声を上げる人影。
 胸元を押さえるユリアの手には、柔らかな感触があった。
「や、やめてください…!」
「お、お前は確か!?」
 涙目で抗議するイオ。
 そこにビンセントが帰ってくる。
「ただい…ま…?」
 ほとんど裸の状態でイオに馬乗りになるユリア。床に倒れながら涙目のイオ。イオの胸を掴んでいるユリアの左手。
 この状況はまさに…
「お、お帰り兄貴…」