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VARIANTAS ACT14 この娘凶暴につき

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「た、助けて下さい、ビンセント…!」
「って言うか何でイオがここに!?」
「わ、私は忘れ物を届けに…」
「ご、誤解するなよ?」
 イオが涙目で訴える。
「誤解じゃないもん…いきなり押し倒されて、胸触られたもん…」
「そ、そんな事してない!」
 ユリアが急いでイオから降りる。
 だが時既に遅し。
「ユリア…そうかお前、その趣味が…。失礼しました。どうぞ続きを。ここで見てるから」
「このクソ兄貴! ドスケベエロ大魔王! 変態貴公子!」
 鉄拳一発。


「…グラム、いまボロ雑巾を裂いたような男の悲鳴が…」
「聞こえない」
「…ぁん…」


 ぶつぶつと文句を言いながら服を着るユリア。
 イオの目の前には、のびたビンセントが居る。
「ビ、ビンセント!生きてますか!?」
 心配そうにビンセントの身体を揺するイオ。
 その姿をユリアは、羨ましいそうに見つめていた。
「大丈夫ですか?ビンセント!」
「そんなに兄貴が大事?」
 突然ユリアが、イオにそう尋ねた。
「え…?」
「そんなに兄貴の事が大事かって聞いてんの」
 イオはユリアの瞳を見つめ、しっかりとした口調で答えた。
「大事ですよ? 私はイクサミコで、彼は私の唯一の主人ですもの」
「兄貴ドスケベだよ? それでもいいの?」
「それでも彼は、私のユーザーです。彼の行く所へ私も行きます。Hなのは困りますけど…」
 頭を掻くユリア。
「なあ、あんたイオって言ったっけ?イクサミコってみんなそうなのかい?」
「え?」
「だからさ…、なんか、恋人みたいに…」
 顔を赤らめるユリア。
 イオは答えた。
「恋人と言うより…何でしょう…?うまく説明出来ないです。ユリアさんは?」
「え…?」
 逆に質問仕返してくるイオに、ユリアは思わず困ってしまった。
「うーん…あー…あたしは…恋人…かな?」
「えええっ!?」
「嘘! 嘘! 冗談! 兄貴とあたしは家族なんだ。兄貴はあたしの唯一の肉親…。あたしの唯一の…」
「唯一の…?」
「うんや、なんでもない…」
「ぶるあ!」
 さっきまでのびてたビンセントが、突然起き上がる。
「ビンセント!」
 ビンセントの鼻にティッシュを詰めるイオ。
「大丈夫ですか!?ビンセント!」
「んー…晩飯作らなきゃ」
「え…?」
 鼻にティッシュを詰めたまま急いで立ち上がるビンセント。
 その後を、イオが追う。
「夕食なら私が…」
「大丈夫! 大丈夫!」
「でも…」
「平気だよ。イオ」
 イオを引き止めるユリア。
「ああ見えて兄貴、案外家庭的なんだよ」
 そう言っている間に、ビンセントは手早く3人分の食事を整えていた。
 まず冷凍庫から、冷凍のラザニアを取り出し、包装紙を破いてオーブンの中に入れスイッチオン。
 その間、卵を割ってそれを溶き、食パンを浸す。
 フライパンを温め、油を敷く。
 そしてその上に、先程の溶き卵を染み込ませた食パンを乗せて火を通す。
 油の弾ける音が響き、食パンと卵の焼ける甘くも香ばしい香りが瞬く間に広がってゆく。
 さてその間にもうひと品。
 冷蔵庫から取り出したミックスベジタブルをさっと湯通ししてボウルにあける。
 そしてその中に、少量の無塩バターと塩を混ぜ、パセリを振り掛ける。
 そうする間に、トーストが焼き上がる。
 両面をこんがりきつね色に焼き上げられたトースト。
 それを斜め半分に切り、トレーに盛る。
 付け合わせのミックスベジタブルも添えて。
 オーブンが軽快な音を立てて焼き上がりを知らせる。
 オーブンの扉を開ければ、焼けたチーズとジェノバソースの香りが一気に開放され、あつあつのラザニアが出来上がっていた。
「おーい、出来たぞー」
 まるでシェフのように素早くディナーをこしらえるビンセントの姿を、イオはじっと見ていた。
 見ていたと言うよりは、見とれていたのかも知れない。
「な? 言った通りだろ?」
 ユリアが自慢げに、ビンセントを指差した。

 食卓に調う晩めのディナー。
 それを囲む3人は、どこか嬉しそうな顔をしている。
「それじゃあ…」
 ビンセントがフォークを持った。
 そして…
「いただきマンモス!」
 ユリアも一緒に、
「いただきマンモス!」
「マ、マンモス!?」
 イオが思わず声を上げる。
「どうした?イオ。冷めちまうぜ?」
「いえ、あの、“いただきます”って日本語ですよね? それにマンモスって…」
「は? うちは昔からこれだよ?」
 ユリアが、まるで自分達が当たり前のような顔で言ってくる。
「(もしかして、私が知らないだけ?)」
 そんな馬鹿な。
「まあ、気にすんなよ!」
「はあ…」
 うまく言いくるめられるイオ。
 彼女はフォークを取り、あつあつのラザニアを一口。
「熱っ!」
「気をつけろよ? イオ」
「兄貴タバスコ取って」
 ユリアはタバスコを惜し気もなく振り掛ける。
「美味しい…」
 イオの口から思わず漏れた言葉。
 温かいラザニア、こんがりと焼けたトーストは適度に甘く、ミックスベジタブルは口の中でプチプチと踊りながら野菜そのものの甘みと食感が舌の上に広がる。
「気に入って頂けて恐縮です。お嬢さん」
 おどけるビンセント。
 それを見て笑うユリア。
 3人だけの、慎ましくも温かいディナーは、笑い声と共に遅くまで続いた。


「遅くまでありがとうございました」
 玄関に立つイオを、ビンセントが見送っている。
「気を付けてな。また、遊びに来いよ」
「はい…」
 しばし見つめ合う二人。
「それじゃあ…」
「なぁ、イオ…」
「はい?」
「ありがとな」
 そう言ってイオを送り出すビンセント。
 その様子を、ユリアは影から見ていた。
 玄関からビンセントが戻ってくる。
 ユリアは急いで寝室に入った。
 後を追うようにビンセントも。
「楽しかったね、兄貴!」
 ユリアがビンセントに話し掛ける。
「ああ」
 ビンセントは押し入れから毛布を取り出しながら、素っ気の無い返事を返した。
「まだ…怒ってる?」
 ビンセントが押し入れの扉を強く閉めた。
「もう寝ろ、明日は早いぞ。俺はソファーで寝る」
 枕を強く抱きしめるユリア。
 毛布を持って寝室から出ていこうとするビンセントの背中に、ユリアが抱き着いた。
「ユリア…?」
「何で私達の事を見捨てたの…? 生きてるならどうして帰って来てくれないの…? なんで…」
 彼女の声が、次第に涙声へ変わっていく。
「兄貴は…金とか名誉とかそんなんじゃなくて…いつもあたし達の為に戦ってくれてた…。今でもそうだよね…?そう信じていいんだよね…?」
 彼の背中に縋り付くユリア。
 そんな彼女の姿に、過去の記憶が重なる。

『ごめんな、ユリア…。兄ちゃん仕事に行かなきゃなんねぇんだ』
『やだやだ!兄たん行っちゃやだ!』
『参ったな…』
『ぐすっ…』
『泣くな、ユリア…。幸福の女神様は、泣き虫が嫌いなんだ』

 ビンセントが、ユリアの腕を振りほどく。
「離せよ…ユリア」
「兄貴…?」
「信じていなくてもいい…」
「え…?」
「今の俺は! …自分の為に戦ってんだ…」
 そう言って、ビンセントは寝室を出た。
 酷く身体が重く感じる。
 空気が、まるで深海の水圧のように…