VARIANTAS ACT14 この娘凶暴につき
心の中で呟く。
「腹減ったか?」
ビンセントが今の雰囲気を払拭するように、ユリアに話し掛ける。
「え? あ、うん…少し」
突然の言葉に慌てるユリア。
ビンセントはそんなユリアを尻目に話し続けた。
「インスタントしかねぇからな。つっても、俺も晩飯まだか…」
そう言って苦笑いするビンセントの肩口を、ユリアはじっと見つめていた。
「大尉…」
「あ?」
「兄貴、あそこじゃ大尉なんだ…」
ビンセントの肩口を飾る階級章のワッペン。
彼はそれを隠すように、自分の肩口を掴んだ。
「階級なんていらねぇ」
「偉いんでしょ?大尉って」
「さぁな。傭兵に階級なんていらねぇ。戦うには武器がありゃいい。階級なんて後から付いてくるお飾りだよ」
窓の外を、摩天楼の光が細い帯となって流れていく。
「なぁ兄貴…ハリーはどこ?」
「ハリー…?」
突然、ビンセントの顔が青ざめる。
「ハァリィィー!!」
叫びを上げ、クルマのアクセルを踏み込むビンセント。
「なっ!どうした?兄貴!」
「黙ってろ、ユリア!舌噛むぞ!」
さらにスピードを上げる車は、他の車を縫うように走り抜け、彼の住む宿舎の地下駐車場へ吸い込まれていく。
「降りろユリア! 早く!」
まくし立てるビンセント。
「え?どうしたんだよ?いきなり…」
「いいから早く!」
渋々車を降りるユリア。
ビンセントは彼女に、部屋のキーを投げ渡した。
「先に部屋で待ってろ!鍵かけろよ!」
ユリアを置いて走り去っていくビンセント。
突然の出来事に目を点にしながら、彼女は手の平の中のキーを見つめた。
叫ぶユリア。
「兄貴のバカー!!」
************
「ラカンでしたっけ?」
エステルは彼にそう尋ねた。彼は答える。
「彼は詳しく述べてないし、その事についてフロイト派の考えはあまり適切じゃない」
部屋の隅に置かれたキングサイズのベッドに、グラムは疲れた表情で腰掛けている。
「あなたの考えは?」
「“愛が有ればいい”…だ…」
ベッドの上で膝立ちになり、後ろからグラムの首を抱く。
「今の私達みたいに?」
「少し違う…な…」
彼はエステルの首筋に優しくキスしながら、シーツの上へゆっくり押し倒した。
「顔が疲れてる」
エステルがぽつりと呟く。
「甘い物は別腹」
グラムはそう言って、彼女の唇を塞いだ。
部屋の電話が鳴る。
彼はそれを無視して、エステルの身体を強く抱き寄せる。
「グラム…電話…」
「聞こえない」
「ちゃんと出てください」
「嫌だ」
彼はまるで子供のように彼女の言葉をはねつけ、エステルの肌を優しく撫でる。
「グラム」
「一週間ぶりなんだぞ?」
エステルは彼の顔を両手で押さえ、じっと目を見つめてもう一度言う。
「ちゃんと出て」
グラムは渋々受話器を取った。
「何だ。…何? 拘置所? それが? …ハリー? 誰だそれは?」
作品名:VARIANTAS ACT14 この娘凶暴につき 作家名:機動電介