VARIANTAS ACT14 この娘凶暴につき
「いくらなんでもやり過ぎですよ! ユリアさん!」
「あれくらい平気だよ!」
平気な訳が無い。
「一刃!そこの部屋入れ!」
右側に、標札の無い部屋が一つ。
二人は部屋に駆け込む。
「とりあえずここで隠れて…一刃…?」
固まる一刃。
「大佐…」
二人が駆け込んだ部屋は、偶然にもシェーファーフントの部隊室だった。
「おはよう。遅かったな」
固まる空気。
「う、動くな!」
ユリアが、一刃の頭に銃を突き付ける。
「ユ、ユリアさん…?」
「グラム=ミラーズ!あんたが隠しているのは判っている!ビンセント=キングストンはどこに居る!」
グラムが彼女に言う。
「知ってどうする?」
彼女は答える。
「連れ戻す。死んだなんて信じない」
「どう言う事ですか!? ユリアさん!」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
一刃の肩が小刻みに震える。
「嘘だったんですか…?」
「あ?」
「全部嘘だったんですか? 僕に言った言葉も全部!」
「お、お前…!」
「なんて人だ! 許しませんよ! ユリアさん!」
「こいつ!」
その時、廊下からビンセントの声が聞こえた。
「なんだありゃ? 誰か屁こいた?」
部屋の扉が開く。
「おっはヨーグルト!」
やたらに元気の良い挨拶。固まるビンセント。
「…は?」
「え…?」
「若様!」
見合うユリアとビンセント。
同時に、一刃の声で目を覚ました春雪が、仮眠室から彼らの居る部屋に駆け込んだ。
「どうなってんだ!」
叫ぶユリア。
その時一刃が、彼女の一瞬の隙を突き、銃を逸らした。
宙を舞うユリア。
非の打ち所が無い、見事な一本背負い。
彼女はそのまま、背中をたたき付けられる。
その瞬間、ビンセントの口からやっと言葉が出た。
「ユ、ユリア!?」
彼女も遠のく意識の中、搾り出すように呟く。
「兄…貴…」
気絶するユリア。
その瞬間、全員の声が重なる。
「「「「「「兄貴!?」」」」」」
************
昔、あたしが一番大好きだった人が、とても寂しそうな顔でよく言った言葉がある。
『ごめん、仕事行かなきゃなんねぇんだ…』
そう言うあいつに、あたしは縋り付いて泣きながら駄々をこねてたのを覚えてる。
その頃あたしは、あいつの仕事の事なんか何も分かってなくて、それでもあいつはいつも優しくて、クールで、かっこよくて、憧れの人だった。
それが今では、頭に包帯巻いて、ベッドで寝てる怪我人の前で図々しくタバコをくわえている。
「おう。目ぇ覚めたか」
ビンセントはタバコをくわえ、逆向きに座った椅子の背もたれに寄り掛かりながら、冷めた眼差しで彼女を見下ろした。
身体を起こすユリア。
「お前、どうやってここまで来たんだ?」
「定期便…で…」
「そう言う事聞いてんじゃねぇ!」
「ひゃっ!」
ビンセントの怒号にユリアの身体がびくりと引き攣った。
「どうやって潜り込んだんだ?」
「…軍閥から軍属ID買って…」
「そんで?」
「ここに来て、一刃を騙して…」
「このボケバカ娘!」
ユリアの頭をゲンコツするビンセント。
「いったぁ〜!何すんだよ!」
「いいか? ユリア。俺ぁ今まっかっかにカンカンだ! 俺が怒ってるのはな! いいかよく聞け! ここで454カスールをぶっ放した事でもなく! 保安員を吹っ飛ばした事でもなく! 一刃の若旦那をだまくらかしてここに来た事を怒ってるんだ!」
ユリアが声を張り上げる。
「何!?兄貴は一刃の味方な訳?」
「味方とかそう言う事じゃねぇだろうが!」
「じゃあどういう事を言ってるんだよ!?」
「お前が気を失っている時、若旦那は俺に何て言ったか分かるか!? 『ごめんなさい、ごめんなさい』って何度も俺に頭下げて、お前の心配をしてたんだぞ!? 分かるか? ユリア! 騙された人間が騙した奴をだ! いいか、ユリア…、世の中には騙していい奴と駄目な奴が居るんだよ!!」
ユリアがゆっくり呟く。
「ごめんなさい…。でも…!」
「でも?」
「…何でもない…」
ビンセントは親指で額を掻く。
「荷物まとめろ。今日は俺の部屋に泊めるから、明日帰れ」
「兄貴の部屋に…?」
「文句あっか?」
「う、ううん…」
ビンセントがユリアのバッグを持つ。
「背中、痛むか?」
「ううん。大丈夫」
「そうか」
彼は、医務室からユリアを連れ出すと、大きくため息をついた。
「ユリア、ちょっとこの先で待ってろ」
「あ、うん…」
後ろめたそうに駆けていくユリア。
彼女が曲がり角に消えていくのを確認すると、ビンセントはゆっくり振り返った。
「エレナっつったっけ? あんた」
ビンセントはエレナを見分するように睨む。
「覚えてくれていたんだ。うれしいわ…」
「お前グラムの女だろ?」
「元…ね」
タバコを大きく吸う。
「何の用だよ」
「彼女、本当にあなたの事が大事なのね」
「あ?」
「うわごとであなたの事呼んでたわよ」
「何が言いてぇんだよ」
「あなた何も分かってないわ。あなたは女の事を桟橋の金具ぐらいにしか思ってないんでしょ? よく考えてごらんなさい。あの子はあなたの家族である前に、一人の“女”なのよ…?」
エレナが医務室に戻る。
「話は終わり。彼女が待ってるわ。もう行って」
まるでビンセントを閉め出すように扉を閉めるエレナ。
ビンセントは無言のまま、ため息をつきながら額を押さえた。
************
「厄介事だな?」
「はい?」
ガルスの言葉に、グラムが思わず聞き返した。
「お前が私の前に居るのはいつも、厄介事が起きる前か起きた後だ」
「世の中厄介事ばかりですよ。その度に気をもんでいてはこちらの身が持たない」
ガルスが一瞬、苦笑を漏らす。
「そうだ…な…」
グラムはガルスに言った。
「今朝の騒ぎの件ですが、原因はビンセント=キングストン…失礼、キングストン大尉のようです」
「彼が?」
「侵入した例の彼女…名前はユリア=キングストン。ビンセント大尉の“いとこ”でした。どうやら彼を連れ戻しに来たようで」
「たいした娘だな…。それで今は?」
「キングストン大尉が自宅へ連れ帰りました」
「どうする、ミラーズ。これほどの騒ぎになれば、サンヘドリン内部と言えど、治安局が黙っていないぞ」
「ええ。先ほど治安局から捜査官が派遣されてきました。しかし彼らの興味は彼女ではなく、専らIDの方で…」
グラムの顔を見据えるガルス。
「ご心配なく。彼らには協力的な態度をとっておきました」
彼がそう言う間に、ガルスは椅子から立ち上がり、窓から外を眺めながら呟いた。
「家族か…」
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長い沈黙が続いている。
それは車に乗ったその時からずっと。
彼女はじっと、窓の外を流れる街の明かりを眺め、彼は運転だけに集中している。
ぴりぴりとした突き刺すような空気。
触れてしまえばすぐにでも簡単に崩れてしまうかのような雰囲気。
とても会話ができる様子じゃない。
大きくため息をつくユリア。
この車に乗ってから、通算50回目のため息。
「(ため息数えるようじゃもうおしまいだなぁ…)」
作品名:VARIANTAS ACT14 この娘凶暴につき 作家名:機動電介