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VARIANTAS ACT14 この娘凶暴につき

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 今度は少し大きな声で。
「すみません!」
 少女の肩がびくりと跳ね、まるで、『私が何をした?』と言いたいかのような丸くした目で彼を見る。
「…へ?」
「あの…鞄退かしてもらっても良いですか?」
 引き攣った笑顔で、精一杯丁寧な受け答えをする一刃。
 彼の座るベンチ近くには、銃を持ったセキュリティが3人。
 彼女は周りを見回してからバッグを退かした。
「悪い悪い!気が付かなかったよ」
 彼女は彼の横に座り、重そうなバッグを大事に抱えながら、もう一度周囲を見る。
「あの…誰か探しているんですか?」
「まあね」
「よかった!僕も人を探しているんです!」
「“僕”?」
 彼女は怪訝な表情で彼を見つめた。
「あんた、男には見えないけど?」
「え?」
「は? あんた女じゃなかったのかい? あたしはてっきり…」
 一刃は急にベンチから立ち上がった。
「し、失礼な! 僕は女の子じゃなくて、れっきとした男ですっ!」
 セキュリティが彼を睨み付ける。
 彼女は慌てた様子で彼の服を引っ張り、椅子に座らせた。
「わかったわかった! 悪かったよ! 謝るから騒ぐなよ!」
 眉間を押さえる彼女。
 彼女は一刃に言った。
「で、あんたの探してる人って?」
「僕の友達です。黒髪に赤い髪留めを付けた女の子。見ませんでしたか?」
「うーん…幾つ位の歳だい?その娘」
「え〜っと、今年で大体3歳くらいかな…?」
 彼女は思わず吹き出した。
「ささ、3歳!? あはははは! 3歳児が友達? お前ロリコンか!?」
「笑わないで下さいよ! 彼女はイクサミコなんですから!」
 さっきまで腹を抱えて笑っていた彼女が、ぴたりと笑い止んだ。
「あんた…軍人なのかい?」
 一刃は彼女に答えた。
「そう見えますか?」
「いや」
 彼は彼女に言った。
「軍人になる所です。ほら、推薦状貰ったんですよ?」
 推薦状を得意げに見せる一刃。
 それを見た彼女は、頭の中に何かが閃いた。
「(グラム=ミラーズのサイン…!こいつを使えばもしかしたら…!)」
「…ところであなたの探してる人って…」
 彼女は彼に言った。
「あんたの探してる人、一緒に探してやるよ!」
「え?」
「お互い人探してるしさ、一緒に探したほうがいいって!」
「いいんですか!?」
「もちろんさ!」
「ありがとうございます!僕は菊地一刃。あなたは?」
「私はユリア。よろしくな!」
 笑顔の一刃。
 そんな彼を見て、ユリアは心の中で呟く。
「(くくっ…簡単な奴…)」
 彼女は自分のバッグを持ち、ベンチから立った。




************




 よく焙煎されたコーヒー豆をミルでひき、サイフォンに入れ、オイルランプに火を点す。
 あとは水がお湯となり、湯と豆が交わり、ポットに溜まるのを待つ。

『出来ることなら、君のコーヒーを毎日毎晩飲みながら、静かに暮らしたいよ…』

 いつの日だったか、ガルスが彼女に言った言葉。
 彼女にとってはとても嬉しかったその言葉…
 ただでさえも神経を擦り減らす管理職。
 それも、人類の命運を賭した戦いとなれば、そのストレスは尚更。
 でも彼女は知っている。
 自分の入れたコーヒーを飲んでいる時だけは、とても柔らかな表情をしていることを。
 思い上がりかもしれない。
 それでも、ただひと時だけでも安らぎを感じてくれるなら、それでいい…
 気付けば、ポットの中には出来立てのコーヒーがたっぷりと溜まっていた。
 彼女はマグカップを手にとり、その中へコーヒーを注ぐ。
 いつもと同じ香ばしい香り。
 毎朝必ず、彼の鼻をくすぐる香り。
 その香りは、給湯室から全ての部屋に満ち溢れる。
 今日は一段とよい香り。
 ガルスは身仕度を整えながら、そう感じていた。
 ロッカールームから出てすぐ、彼はデスクの椅子に腰掛けた。
 それと共に、目の前に置かれるコーヒー。
 毎朝の、こんな何気ない事柄が、無性に幸せだ。
「おはようございます。ガルス司令…」
「おはよう。レイラ君」
 毎朝交わす言葉。
 いつの間にか、それは合言葉のように。
 レイラが微笑む。
「今日は良い日になりそうですね」
「なんだ? 何か良い事でもあったかね?」
「いえ…ただ、司令も今朝はご機嫌がよろしいようなので」
「なんだね…レイラ君。それでは私が毎朝不機嫌のようじゃないか…」
 ガルスはコーヒーを一口飲んだ。
「朝くらいは、清々しい気持ちでいさせてもらっているよ…君のお陰でね」
 笑顔のレイラ。
「レイラ君。今日の予定を」
「はい」
 彼女がスケジュールを読み上げる。
 それを聞きながら、ガルスは心の中で呟いた。
「(確かに今日は良い日になるかもな…)」
 ため息一つ。
「(ただ…こう言う日に限って、厄介事が起きるんだがね…)」




************




「本当にご迷惑を…」
 倒れた後、部隊室の一画に設けられた仮眠室に担ぎ込まれた春雪は、上半身を起こし、頭の上に乗せた濡れタオルを手で押さえながら、エステルに頭を下げた。
「私、旧型だから…すぐ頭に血が昇っちゃって…」
 涙ぐむ春雪。
「まったく…あなたの主人はどこに行ったの?」
 エステルが春雪の横に座り、彼女の肩を優しく抱きながらそう尋ねると、彼女は再び青ざめた顔で呟き始めた。
「若様は…私ガ目を離した隙に…人込みに飲まれてしまい…ますた…」
「春雪…?」
 “ますた”…?
「若様は女の子みたいだから…たまに痴漢に遭うことが…」
 もはや心配の度を超した春雪の頭の中に、良からぬ場景が浮かぶ。

『へっへっへっ…大人しくしやがれ!』
 やらしい手つきで迫る男。
 叫ぶ一刃。
『いやぁーーー!』

 春雪も叫ぶ。
「いやーーー!」
「ちょっと…!春雪?」
「若様が! 若様がぁ!! ふぅ…」
 再び意識を失う春雪。
 エステルは眉間を押さえながら、大きくため息をついた。


「ダメですね…手掛かりは無いです」
 エステルは、仮眠室の外で待っていたグラムにそう言って答えた。
 サラが、心配した様子でエステルに尋ねる。
「お姉様、春雪さんの具合は…?」
「大丈夫よ…心配いらないわ。優しい子ね、サラ…」
 サラの髪を撫でるエステル。サラは嬉しそうな顔で微笑んでいる。
「お姉様…嬉しい…」
 二人を遠目で眺めるグラムとレイズ。
 二人は『我関せず』と言った面持ちで動きを止めている。
「コーヒーでも入れますか…」
「うむ…」
 その時、グラムがゆっくり口を開いた。
「一人増えた」
「え…?今なんと?」
 突然の言葉にレイズは思わず聞き返す。
「ここに来る人間がもう一人増えた」
「増えたって…」
「厄介事にならなければ良いが…」




************




『私の宝物どこ?』
 闇の中から声が聞こえる。
 俺を呼ぶ声…?
 俺は答えない。
『どこにあるの?』
 また声が聞こえる。
『見つけた!』
 何故…俺は走っている?
 どこに向かっている?

 遠くに小さな小屋。

 やめろ…やめるんだ!

 屋根には一人の少女。やがて少女は、足を滑らせ屋根から落ちた。

 ああぁッ!うああぁッ!