君といた時間
「そりゃちゃんと返しますよ。他の作品も観せてもらいたいって思ったから。
僕、怜二郎さんの作品好きですよ。だから、寝ているあなたの横に転がっていたスケブが実は気になってたんです。でも僕は自分から貸してなんて言えるようなタイプじゃないし、正直言って、あなたから貸してくれるって言ってくれたのが嬉しかったんですよ。スケブ、ありがとうございました。」
少し照れくさかったけど素直に述べながらスケッチブックを返すと、やっぱりいい人だと怜二郎は呟いた。
この静かなスペースの向こう側では、軽音部やジャズ研から漏れる音や学生達の声が響く中、微かに雨の音がしている。ほぼ初対面の相手との沈黙なのに何故か厭なものではなかったのは、雨の音が心地よかったからかもしれない。
「でも、僕あの時そんなに物欲しそうな顔でもしてましたか?」
「いや…なんとなくそう思ったから。俺も気付いたら貸しちゃったって感じ。だから、もちろん普段はそんなことしない。でも、アンタなら貸してもいいかなって、あの時ふと思えたから。なんかこう…直感?」
直感?と鸚鵡返ししながら一見とっつきにくい怜二郎が自分を受け入れてくれたようでますます嬉しさで自然と顔がほころんだ。怜二郎が話を続ける。
「俺、確かに自分がめちゃくちゃ上手くないの解ってはいるんだけど、でもとにかく手、動かすのが好きなの。だから無理矢理でもここに来た。すっげー疲れててもとりあえずなんか描きたくなるの。」
そう語る彼の表情はさっきまでの無表情からほんの少し柔らかいものになっていたような気がした。
「無理矢理…?」
「美大、親に反対されてんの。だから奨学金と毎日バイトやってなんとか頑張ってる。」
「ええ!?」
僕は思わずホール中に響きそうな声を出してしまった。なんとかって、いくらウチの美大が公立でさらに奨学金が出ているとはいえ、つまり仕送り無しで生活費や制作費など賄っていて、さらに毎日バイトだなんて頑張ってどうにかなる問題なのか。課題ラッシュの時期はいったいどうしているのか、いったいどうやってあんな大きな絵を描き上げたのか。驚きであんぐりしたままの僕をよそに彼は続けた。
「確かにめちゃくちゃしんどいけど、でもやっぱり造るのが楽しいから頑張れるよ。木曜日だけ深夜バイトやってないから休めるし。」