君といた時間
「…怜二郎?」控え目な声で呼んでみるが、返事は相変わらず規則正しく寝息を立てるだけだった。微妙に陽のあたる場所で寝ているせいか軽く汗ばみ、伸ばしっぱなしの黒髪が首筋に貼りついている。その様子がまるで夏休み、無邪気に遊び疲れて昼寝をする子供のような、でもどことなく妙に艶っぽくて僕はまた心臓が跳ね上がるのを感じながら、しかし同時にあどけない寝顔が子供のようでどこかくすぐったい気持になった。それにしても、痩せたな。顔色もあまり好いように見えない。これだけのインスタレーションを造ろうとしたんだから、普段以上に無理もして疲れたんだろう。その儚げな寝顔を見つめているとたまらなく切なくなって、怜二郎の髪から頬をひと撫でする。そしてそのまま口づけを彼に落とした。
かすかに触れただけのそれで、今まで泥のように眠っていた怜二郎の瞳がうっすら開かれてゆく。超至近距離でお互いの視線が絡み合った途端、僕は自分のしでかしたことを一気に自覚した。今までの夢見心地から急に戻された現実に全く頭が付いていかない。顔は真っ赤になるような蒼ざめてゆくような、胃はひっくり返って心臓が飛び出てしまいそうな、かつてない程の壮絶なパニックに陥る。
「ごっ、ごめんっ!!!」
とにかく焦って何も考えられないままひたすら怜二郎に謝った。そんな僕に対して彼はいつもの落ち着いた顔で答えた。
「…謝んないで。なんだか…不思議な感じはしたけど、でも嬉しい、かな。だから圭は謝ったりしないで。」
それとも俺のことからかったの。そう訊く怜二郎のあまりにまっすぐ見つめてくる視線から反らせなくって、そうして僕らは今度はどちらからというわけでもなくもう一度キスを交わした。そっとつないだ手から彼の体温が伝わってくると泣きそうになり、いよいよこの全身から彼へのいとおしさが溢れだしてこのまま二人して溺れてしまうような気がした――ああ、それもいいかもしれない。今は、これ以上何も考えたくない。
それから空いた一ヶ月分を埋めるように、僕らは手をつないだまま壁にもたれて話をした。
「確かにいいギャラリーだけど遠いよ。駅から20分延々ゆるーい坂道って…ほんと見事なくらい誰も来ないね。2日間ともこんなだったの?」