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手首が飛んでしまう話。

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 もしも鉛筆なんか握れるようになったら、寝ている間に、僕ののど笛をそれでカッ切るくらいするんじゃないかしらん、と。
 切り落とした時の、あの勇敢な気概は何処へやら。そう思うと、今度は、今にも襲って来そうな気がして恐ろしく思えて来て、僕は母の握る右手から顔を逸らしてぎゅっと眼をつむった。
 脂汗をかきながら、ぎゅっと眼をつむり、左手で必死に布団を握りしめること数分。
「ほらっ。……良かった、糸の跡も残ってないわ。可愛いお前の、真っ白い手のまま」
 包帯のほどけ切る気配と、母のほっとした声と、その手が柔らかな両手に包まれた様子に、薄目を開けて怖々と自分の右手を見た僕は、ほっと息を付くことも忘れて、口を開け、目を剥いて呆然としてしまった。
 母が大事そうに両手で包んで頬を寄せる手。
 小さな爪の規則的に並んだその手。
 ちゃんと、薄青い、僕の寝間着から伸びる腕に繋がっている手。
 僕の物である筈のその手には――綺麗に整えられた爪の形から、器用そうに膨れた指先まで――何処をどう見ても、全く見覚えがなかったからだ。
 その不器用さに焦れて、何度か抓った痣や爪の跡。鉛筆を削る時にしくじって、肥後の守で付けた、治りかけでチクチク痛んだ小さな切り傷。
 それらが右手から全て消え、あれから数ヶ月ぶりに見た、僕の不器用で根性悪の右手は、小さな桜色の爪が並んだ、白魚のような手に変わっていたのである。