インビンシブル<Invincible.#1-1(2)>
それから、数十分も歩いただろうか。
アルヴェードの頭部と思われるシルエットが
ひょっこりと木々のてっぺんから覗いているのを発見した。
おもわず、二人は駆け足になっていた。
発見されたアルヴェードは、右腕から腰部にかけて
長い蔦が何本も絡まっており、半身宙吊りの状態で樹木に
もたれかかるように倒れていた。
蔦に絡まった右腕は、糸が切れた操り人形のように力なく
でれんと垂れ下がっている。
「うぅむ、これは酷いの」
人間で言うと、ヘソにあたる箇所。
標準規格のARは、大抵その部分がコックピットブロックになっている。
コックピットのハッチ部分には蔦が絡まっていた。
これでは、パイロットが外に出られない。
地表落下時にコックピットブロックの対重力システムがダウンして、
パイロットが負傷している可能性もある。
急いでコックピットを開放して、パイロットの状態を確認する
必要があると判断した。
二人は、機体の股部に近づくとフックロープを放り投げ、
機体にまとわり付いている蔦に引っ掛けた。
ギアが、かかり具合を確かめ、安全を確認する。
ギアからOKサインが出ると、レオはするりとロープを
伝って機体の上へとよじ登った。
蔦は思ったより複雑に絡まってはいないようだ。
ただし、コックピットハッチの周りは開閉不可能なほどに、
ガチガチに締め付けられていた。
蔦は胴体を一括りにしている上、他の蔦まで、
落ちたときに巻きついてしまったようで、
二重三重と絡みついているようだった。
こころなしか、蔦に巻きつかれて力なく
うなだれているアルヴェードの姿が、がくりと肩を落として
落ち込んでいるように見えてしょうがなかった。
その有様があまりにも滑稽に見えて仕方なく、レオは思わず
苦笑してしまった。
「ハハ、流石の新型もこれじゃ形無しだなぁ」
レオは携帯していた高分子カッターを取り出し、さっそく蔦を
取り払う作業に取り掛る。
右腕に絡まっている蔦とは繋がっていないようだった。
これなら無造作に切り払っても機体の姿勢が傾くことはなさそうだ。
切るのに気を払う必要もなく、無遠慮にカッターを
振り回すことができたお蔭で作業は順調に進んだ。
5分が経つころには、コックピットハッチ周りの
蔦は殆どよけることが出来た。
これならハッチを開けられそうだ。
ハッチ横に備えられたダイヤル式のハッチ開放用レバーを捻った。
圧縮空気が排出される音とともにハッチが開き、
コックピットが隔壁を別けて内部からせり上がってきた。
ARでは珍しいというよりも、例外的な副座式のコックピットだった。
そのコックピットのパイロットシートには、気を失い
昏倒している少女の姿があった。
亜麻色の長い髪を後ろに結いあげた、眉目秀麗な
容姿の15、6歳の少女。
外見的な雰囲気から、どこか育ちの良さを感じる。
習俗的な人間にはない、それとない高貴な趣があった。
少女は、シートに身を預けたままがっくりとうなだれており、
意識を失っている様子だった。
額からは僅かに血が滲んでいる。
それを見て、レオは思わず身を乗り出してしまった。
が、レオは一瞬たじろいだ。
そうさせてしまったのは、眼下にある少女の姿が原因だった。
少女は、エアリアル皇国軍で使われている標準的な
パイロットスーツを身に着けていた。
それ自体に”問題はない”。
問題なのは、スーツの”仕様”のほうだ。
体に吸着しフィットする仕様のパイロットスーツは、
少女のボディラインとスタイルを忠実にダイレクトに
トレースしていた。
仰向けに寝そべっている少女のスタイルと
プロポーションは控えめに見てもなかなか魅惑的で、
年頃の男子には少々悩ましいものがあった。
ボディラインが顕になっている少女の姿を見たレオは、
背徳感と気まずさをごちゃまぜにしたなんとも言えない表情で、
顔面を真赤にさせてオロオロしていた。
コックピットに降りなくてはいけないと解っていながらも
体が硬直して動かない。
レオの頭の中では、煩悩と理性がせめぎあい、
ぐるぐると渦を巻いていた。
(いや、断じてそんな不純な気持ちではなく…。
これは、人命救助のためであって。これっっっぽっちも、
そんなやましい気はないわけで…。
いや、ちょっとじっくり見てみたい…って、
ちがう!ちがう!違うんだ!
そんな、そんな気持ちじゃぁーーーーーッ!!
…あ……あぁぁぁっ!ぼ・・・僕は、
一体ど・・・どうすればいいんだッ!?)
「なぁに、なめ回すように見取るんじゃいこのシットリスケベめ」
「あいた」
いつまでも続くかと思われた思考の迷走は、頭に走った予期しない
ゲンコツの痛みによって中断された。
いつの間に登ってきていたのか、うしろにはギアの姿があった。
「ほれ、シートベルトを外して。パイロットの状態を見てやらんと。
衝撃緩和機構がオーバーフローして、体を強く打っているかもしれん」
「う・・・わかってるって」
レオはシートベルトを取り外そうと、手を伸ばした。
その途端。
「ん・・・、ぅ・・ん。」
少女は小さく呻き、うっすらと目を開いた。
どうやら意識を取り戻したらしい。
「うん…。え…。あ…気を失ってた…わたし?」
「意識が戻った。大丈夫ですか、痛いところは?」
「ええ、身体のほうは多分…大丈夫。ありがとう」
こちらに目線を合わせて話す少女の姿を見て、
思っているほど様態は悪くなさそうだと感じた。
「僕は、レオ・キスキンス。後ろにいるのが祖父のギア。
ノーチラスのクルーです。あなたは?」
「私は、リフォ・アイリール。セイボリック重工に
テストパイロットとして出向している軍のパイロットよ」
「よろしく、リフォ。手当てをしたほうがいい、
出血している場所以外に負傷しているところがあるといけない。
機体を使って、検査をさせてもらうよ」
「ええ。でも、それより聞きたいことが。うぅっ…」
リフォは、シートから上体を起こそうとして痛みを訴えた。
やはり、墜落時の衝撃で眼に見えない箇所まで負傷していたのだ。
「だめだ、体を動かしてはいかん。そのままの状態でいなさい」
リフォの様態を察し見たギアは彼女を制して、
コックピットのコンソールを操作し始めた。
パイロットスーツは機体のアビオニクスとリンクしており、
パイロットの神経・脳波の動きをコンピュータへと伝達し、
火気管制の補助や、駆動系に作用する。
そうして、機体動作の追従性を高める役割を果たしている。
そのほかにも、パイロットの健康状態を診断、モニタリングし、
友軍機や母艦にフィードバックする機能も備えていた。
この診断機能を使って、現場では診察台替わりとして兵士の
応急手当を行うこともできる。
そのツールと機能を使い、応急マニュアルに沿って、
二人はリフォの手当に取り掛かった。
作品名:インビンシブル<Invincible.#1-1(2)> 作家名:ミムロ コトナリ