インビンシブル<Invincible.#1-1(1)>
こちらも、スリーマンセル。敵もスリーマンセル。
AA戦は基本、三対三の状況下で行うものだが、時たまこの原則を無視して
突っ込みすぎる馬鹿がいる。
こういう愚か者は早々に退場するハメになるのがここでの慣わしだった。
その洗礼を受ける餌食となるのは、AR”K-NW5500 Knight Wolf”
通称<K・ウルフ>。
そのデザインは、黒色の甲冑を身にまとった騎士を連想させる。
USVにおいてトップシェアを誇る軍産企業”アガレス・ドミトーリ社”が
開発したベストセラー機、”Knight”シリーズの新第2世代型ARであった。
AAにはスリーマンセルで行動する上で、3種類のポジションを振り分けられる。
後方支援、長距離戦闘を兼任する、戦闘を後方で支援する”ガンナー”。
中近距離戦闘を受け持つ、戦局のパワーバランスを調整する”アサルト”。
最後に、最前線で敵機と接近戦を行う”ストライカー”。
ガンナーとアサルトの援護を受けて、相手の懐深く切り込み敵戦力を撃滅する、
戦闘の花形とも言えるポジションだ。
ジグのポジションはストライカー。
乾坤の一擲を持って、敵を葬るのが彼の役目。
おあつらえ向きに、彼の乗るAR”ST-AR101 Azzannare Lion
(アツァンナーレ・リィオン)通称<リィオン>”は格闘戦に特化された機体。
その”牙”は切れ味鋭いことで有名だ。
名前の通り一度獲物に食らいついたら息の根を止めるまで離さない。
故に、一度捕捉されたが最後。
食い殺されるまで追いかけられる。
そこまで揶揄されるほどの、強烈な格闘戦能力を有する機体だった。
FCS(火気管制システム)がレティクルに捉えた標的をロックオンした。
ハンター(狩猟者)は獲物の選定を終えた。
あとは食らいつくのみ。
エーテルドライブシステム起動。
限定状況で常時発動準備。
<MEC発動>
<MEC稼動限界時間算出>
<算出完了、限界発動時間枠20秒>
<MODE ”MEC” READY>
上昇機動中であったリィオンにかかっていた慣性と重力が打ち消され、
機体が物理法則の檻から開放される。
リィオンは機体を反転させた。
左右の腕部アタッチからビームトンファーを引き抜いて構え
敵機へと踊りかかった。
その様はまさに流星がごとく。
ただ一つ流星と異なるのは、その動きが直角に折り曲がり急制動と
急加速を行うという物理法則を逸したものであったことだ。
ジグザグに移動地点を点と点とで結び、その間を線を引いて渡るような、
いびつな動き。
常識ではまずありえない動きだった。
MEC(モーションイナーシャルキャンセラー)。
AAには有限ではあるが慣性モーションをほぼ打ち消し、
物理法則に囚われない高次元な機動<マニューバ>を行うことが可能となる
特殊なドライブシステムが搭載されている。
AAは、このドライブシステムの恩恵により、他の機動兵器群を圧倒し、
陵駕する戦闘力を有していた。
この機能により近代の紛争においてAAは主役の地位を確固たるものとしていた。
リィオンはロックオンした敵機へと肉薄した。
「犬っころが。さぁ、喉笛食いちぎってやる」
ジグの寮機であるガンナーに扮したコールサイン”エイザス3”が援護射撃に入る。
”エイザス3”は右手に備えたロングライフルを正面に構えて発射した。
相手の行き先を読み、未来予測位置へ一発、二発、三発と立て続けにビームが放つ。
行く先に網をかけられ、動きを封じられたK・ウルフに向かって
リィオンが仕留めにかかった。
K・ウルフは泡を食った様子でビームサーベルを引き抜き迎え撃ってきた。
「遅ぇよッ!」
リィオンは、敵の斬撃を軽いフットワークでかわして、
K・ウルフの側面に取り付いた。
腕部に装着されたビームトンファーを敵の上から叩きつけるように振り下す。
トンファーの斬撃は虚しく空を切り、相手を捉えるには至らなかった。
「なかなかやるじゃないの」
K・ウルフは回避を兼ねて後方へと下がる動作と同時にアサルトライフルを
正面に構えて斉射してきた。
ジグにはあらかじめ、その動きが予測できていた。
”弾を避ける”というジグの思惟---脳量子波を、
コックピットブロックの内郭に、数ミリサイズの大きさで幾重にも編み込まれた
EFS(emotional feedback system)の受信装置がキャッチしていた。
脳量子波が含む情報は、受信器を通してコンピューターに理解できるマシン語
へと翻訳されOSに送られる。
OSから発せられた命令は、即時に筐体の各箇所に伝達され
命令に適した動作を実行した。
躯体を動かし、ジェネレーター出力を調整し、重心を調整し、航行速度を調整。
この間、0.158秒。
リィオンは、射線から身をそらし、銃撃をなんなく回避した。
AAはパイロットの脳量子波を汲み取り実行するEFSというシステムを搭載している。
アナログな操作デバイスは補助的、補完的な物で、機体操作の管制はEFSが
パイロットの意思を受信して行うのがAAの動作体系である。
MECは未だにフルドライブで稼働中。
旋回モーメントの慣性相殺を条件に発動している。
リィオンは、直角的な機動で弾丸の矢をかわし、
K・ウルフの足元から懐に飛び込んだ。
食らいついた。
「このまま噛み千切るッ!」
猛獣の牙が唸る。
左腕のビームトンファーを振り上げ、アサルトライフルの銃身ごと
K・ウルフの両腕を切断した。
間髪いれず、右腕のビームトンファーを左から右へと横一文字に振りぬく。
リィオンの攻撃は敵機の胴体部を深く切り裂き、致命傷を与えた。
最後に、頭部へダメ押しの一撃を入れ、止めとする。
K・ウルフは損傷部分から瓦解したパーツとスパークを撒き散らし
眼下に広がる大海へとその身を墜としていった。
千切れ飛んだK・ウルフの四肢からバラバラとこぼれたパーツが、
気流に乗って舞い飛び散っていく。
ARの素体部分から、漏れ出した伝導液が空中に散布され
きらびやかな白いカーテンを落下軌道に沿って編み出した。
撃破した敵の状態を確認するまでもなくジグは機体を反転させた。
そのまま動きを止めずに、僚機の後を追って来たであろう
二機目のK・ウルフめがけて接近を試みた。
残る三機目のK・ウルフは、寮機のアサルト”エイザス2”の
銃撃に足を止められ回避行動に追われている。
チャンスだ。このままやらせて頂く。
速度はそのまま、左右の腕にビームトンファーを構えジグは
敵ストライカーに襲いかかった。
リィオンのビームトンファーが敵ストライカーを捉えようと――
その時だった。
レーダーに友軍機の反応。
一つの残影が二機の間に割って入ったかと思った次の瞬間。
眼前に捉えていたはずのK・ウルフの上半身と下半身が
真っ二つに引き裂かれていた。
ぶつ切りにされたK・ウルフは、爆炎をともなって海面へと
まっさかさまに落ちていった。
一瞬の早業であった。電光石火とはああいうことを言うのであろう。
ジグには、自分の獲物を横取りしていった者の見当はついていた。
というより、ついて当然だった。
”アイツ”しかいない。
作品名:インビンシブル<Invincible.#1-1(1)> 作家名:ミムロ コトナリ