はるかな青空
【畑のおじさん】
「君たち、何をしているんだい?」
さやかと二人で虫を捕っていたら、河原のそばの畑にいたおじさんが声をかけてきた。
「虫を捕まえているんです。ツバメのひなをひろって」
はきはきと答えたのはさやかだ。
(こんな風に知らない人にも物おじしないで言えるから、谷川先生に気に入られているんだろうな)
ぼくはさやかがうらやましかった。
ぼくだってどちらかといえば明るい方だけど、人見知りするたちだから、初対面の人とうち解けるには時間がかかる。
谷川先生に対しても、あんまりてきぱきしてるから最初はちょっとひいてしまった。
だけど明るくて元気なので、いい先生だと思ったんだ。
もちろん、うわさは聞いていたけど、元気なせいで誤解されるんだと思っていた。
でも、自分の思い通りにならないとヒステリーを起こすっていう、うわさのほうが本当だった。
さやかはぼくの思いなんかわからないって顔で、そのおじさんと話している。
初めてあった人とそれほどうち解けられることの方が、ぼくには不思議だ。
「ツトム。なに、ぼーっとしてるの」
「うん?」
「おじさんに話してあげて。クロのこと。あんたが飼ってるんだから」
「う、うん」
話すっていったって、ほとんどさやかがしゃべっちゃったじゃないか。ぼくが口ごもっていると、おじさんの方から話しかけてくれた。
「ツトム君か。ツバメはかわいいだろう。
おじさんも鳥は好きで、何羽も飼ったことがあるんだ。ツバメも育てたことがあるんだよ」
「え、そうなんですか? やっぱり虫を捕まえて?」
「いや、そのころ住んでいたのは都会の方だったから、もっぱらすり餌だけで育てたんだよ。君たちは偉いね。わざわざ虫を捕りに来るなんて」
「いえ、虫は一日に一回だけなんです。ぼくのお父さんもツバメを飼ったことがあるって言って、その経験ですり餌の方を多くした方がいいって」
おじさんはいっそうにこにこして言った。
「よかったら畑の芋虫をやっつけてくれないか? わたしも助かるし、ツバメも柔らかい虫が食べられていいだろう」
ぼくたちは夢中になって虫を捕った。
畑にはトウモロコシ、インゲン豆、カボチャ、キュウリ、里芋が植えられている。
ジョギングの時にはちらっと横目で眺めていただけの畑だけれど、こうして中に立っているとけっこう広い。
「ここ、おじさん一人で耕すのはたいへんでしょう?」
「ああ。家内が手伝ってくれるといいんだがね。あいにく家内はこういうことがきらいなんだ」
「へえ、じゃあ、おじさんの家はかかあ天下?」
さやかは言いにくいことまではっきり言う。ほんとによそ行きのできないやつだ。
「はっはっは。ちがうよ。むしろわたしの方がわがままを言ってここに越してきたんだ。五年前にね。だから家内には自分の好きなことをしてもらってるよ」
「なら、理想の夫婦ですね」
ぼくが言うと、おじさんは、
「いや、そうとも言えないがね」
なんだかちょっと照れているように笑った。
「夫婦関係が理想かどうかはともかく、今わたしは理想の生活をしているんだ」
今度は誇らしげだ。
「農業をやるのが夢だったからね」
「大人でも夢があるんですか?」
思わずぼくは聞いてしまった。後から考えるとすごく失礼な質問だった。でも、
「ああ、夢は死ぬまで持つといい。そうすると人生が楽しいだろう?」
と、おじさんはまるで子供のような目をして楽しそうに言った。
「作物は子供と同じでね。たくさんの種をまいても、早く出てくるものもあれば、ゆっくりとでてくるものもある。大きく育つのもあれば、ひょろひょろ育つのもね」
「たくさんできればおもしろいでしょうね」
「ああ、たくさんできればできるほど個性もあってね。ただ、土台になる土をちゃんとしてやらないと、いいものはできないね」
おじさんが畑のことを話すとき、とっても目がきらきら輝いてる。本当に畑が好きなんだ。