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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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はるかな青空

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  【名前はクロ】

 結局さやかは、朝ご飯までしっかり食べた。
三杯もおかわりして。少しは遠慮しろよって感じ。
 お母さんたちが親友同士の縁で、ぼくたちの家は家族ぐるみでつきあっている。
 結婚してから途絶えてしまっていたつきあいを再開したきっかけは、ぼくの転校だった。
 ぼくのお父さんは転勤が多かったから、引っ越しをくり返すうちに住所録をなくしちゃったってお母さんは言ってた。
 でも、ぼくが四年生になったとき、お父さんはやっと転勤ばかりの仕事から解放されて、本社勤務になった。それでこの町に越してきて、ぼくは学校でたまたまさやかと同じクラスになったんだ。
 お母さんたちが再会した場所は、なんとぼくたちの授業参観の時。二人は場所柄も考えず抱き合って喜んで、こっちが恥ずかしくなるくらいだった。

「おばさん、ごちそうさま」
 さやかは着替えてくると言って帰った。
 さやかの家は、川向こうの古い市街地にある。ぼくの住む団地は干潟を埋め立てて造った新興住宅地で、大きな川の河口にある東京湾に面したこの町は、川をはさんでそんな二つの顔をもっている。
 団地の横には、川と平行に国道が走っていて、公園のすぐそばにある陸橋とつながった大きな橋がかかっているので、向こう岸には一気に横断できる。
 ぼくのジョギングコースは対岸にある神社までで、さやかは逆にこっちの公園まできていた。家を出る時間が同時だったりすると、ぼくたちは橋の上ですれ違った。
 ベランダに出ると、剣道着姿のさやかが軽やかに走っていくのが見えた。ぼくが見ているのに気づいたのか、偶然なのか、さやかは振り返ってぼくに手を振った。
 ツバメはおなかがいっぱいになったらしく、
黄色い口を真一文字に結び、黒い目をくりくりさせて、部屋の中をみまわしていた。
 灰色の産毛が全身をおおっているので、ほんとうにホコリのかたまりみたいだ。
 ふっとぼくは思い立って台所に行った。
「お母さん、はかり貸して」
「何?」
「体重、はかろうと思って」
「え?」
「ツバメの、だよ」
「ああ、そうか。びっくりした。いくらなんでもツトムははかれないわよね」
 体重は八グラム。定規をあてたら体長は六センチだった。はかっている間、ツバメはおとなしかった。
 まだ翼はほんのちょびっとしかないけど、一人前に羽ばたきをする。その仕草がかわいいので、ぼくは飽きずにツバメを見ていた。
「名前をつけてやらなきゃ、ね」
 お母さんが言った。
「そうだね。なにがいいかな……」
と、ぼくが考え始めたとき、また、ぎゃーぎゃーと鳴きだした。
「ええ! もう?」
 まだ一時間もたたないのに、また虫をほしがった。
「しょうがないなあ。とってくるか」
「たいへんね。ツバメの母は」
 ぼくを冷やかすように、お母さんはくっくっと笑った。

 ぼくが虫を捕ってもどってくると、お母さんは電話の最中だった。相手はさやかのお母さんだ。口調でわかる。
「そうよ。かわいいの。クロちゃん」
(クロちゃん? ひょっとして……)
「あなたも見にいらっしゃいよ。ツバメのひな」
(やっぱり!)
 勝手にツバメに『クロ』なんて名前をつけている。
「なんで、勝手に名前をつけたんだよ」
 お母さんが電話を切った後、抗議した。
「あら、だったら、ツトムは考えたの?」
「うっ」
 しばらく考えたけど、ぼくにはそれに対抗するいい名前が浮かんでこない。結局、ツバメの名前は『クロ』に決定してしまった。
 十時ごろ、ぼくはペットショップへ行って、
お小遣いをはたいてミールワームを十パックと、すり餌とすり鉢とすりこぎを買った。
 ところがぼくの苦労も知らず、クロは口をきゅっとしめてぷいっと横を向いた。
まるでいやだと言わんばかりに。
 それでいておなかをすかしてぎゃーぎゃー鳴く。あんまりうるさいので、ぼくはしびれを切らしてミールワームを食べさせてしまう。
その日はそんなことのくり返しだった。
 ミールワームも一パックを半日で平らげてしまっては、ぼくのお小遣いがあっというまになくなってしまう。
「お父さんが言ってたように、どんなにおなかをすかしてもしばらくはすり餌だけにしてみたら?」
「うん。そうしてみる」
 ぎゃーぎゃー鳴いてかわいそうだったけど
昼にはやっとすり餌を口にするようになった。

 ツバメは日を追うごとに成長の変化がはっきりと見てとれた。
 二日もすると産毛がだいぶとれて、黒い羽がよく見えるようになった。
 ざるの中にはもう入らないで、ふちにとまる。フンをするときはしっぽを外に向けてざるの中を汚さないんだ。これには感心した。
 なんとかすり餌になれて、一日のうち、ミールワームは朝だけやるようにした。
 四日目にはしっぽに白い模様も出てきた。
風切り羽ものびてツバメらしい姿に近づいている。
「クロ」
 呼ばれると、声のした方を向く。
「ピーピー」
と、甘えて鳴いたりもする。
 たまには捕まえたばかりの新鮮な虫をやろうと、ぼくはジョギングの途中、河原におりてみた。
 背の高い草むらにはいろんな虫がいて、おもしろいくらいにとれた。
「これならしばらくミールワームは買わなくてすむぞ」
 ぼくは夢中で小さなバッタやクモやテントウムシの幼虫や芋虫を捕った。
 もともと虫は苦手な方だけど、ツバメが喜ぶと思うとちっとも苦にならなかった。
「ツトム」
 さやかがやってきた。
「こんなところで何寄り道してるのよ」
「うん。ペットショップで虫を買わなくてもいいように、ここで捕っていこうとおもってさ」
「そうね。いい考えだわ。わたしも手伝う。そうだ。今度、竜二が見たいって、ツバメ」
「話したのか? おしゃべり」
「いいじゃん。へるもんじゃなし」
「まあね」
 河原で捕まえた虫をあっというまにクロはたいらげた。
 虫で満足すると、次はすり餌をいやがる。
「まったく、ぜいたくなやつだ」
 ぼくがぼやくと、お母さんが笑った。
「しかたがないわ。もともと人が飼う鳥じゃないんだもの」

作品名:はるかな青空 作家名:せき あゆみ