温泉に行こう!
だが、久坂は悠然としている。
慣れているという感じだ。
これまでも、久坂は旅先でこのようなことが何度もあったのかもしれない。
久坂さんの歩いたあとにはクサカ伝説ができるんですね……。
そう思い、寺島は遠い眼をした。
「あー、いっぱい呑んだ〜」
久坂は機嫌良さそうに、にこにこしている。
さっきまでいた座敷で見せていた麗しい笑顔とは違い、子供のような笑顔だ。
酔っているのだ。
あれだけ酒をすすめられたのだから、しかたない。
寺島と久坂が今いるのは、どうぞこちらでお寛ぎくださいと案内された部屋である。
布団がすでに敷いてくれてあった。
「……久坂さんは、いつも、旅先ではこのような待遇を受けるんですか?」
「このような待遇って?」
「初めて会ったひとから招かれて、盛大にもてなされたり……」
「うん、よくあることだよ」
久坂はあっさりと認めた。
「……そうですか。すごいですね」
いや、以前からすごいひとだとはわかっていたのだが、これほどまでとは……。
「でも、逆に、旅先で襲われて、陰間として売られそうになったこともあるよ」
陰間とは男娼のことである。
たしかに、久坂の美貌なら悪い連中に眼をつけられてもおかしくない。
寺島はぎょっとした。
「そ、それで、どうなりましたか」
「ああ、僕のことを気にかけてくれていたひとがいて、襲われた直後に助けてくれたから、無事だった」
「それは、良かったです」
「そういうこともあるから、味方は早いうちに作っておかないとね」
久坂は、たいてい、にこやかな表情をしている。
今日もいつのまにか人垣ができていて、寺島は驚いたが、久坂は人垣に向かってにっこり笑って見せた。
その笑みが人々を魅了する。
そして、相手を自分の味方にしてしまう。
久坂の人脈は広い。
実は、久坂は人使いが荒いほうだ。
けれども、使われている者はそう感じていない。自分から進んでしていることだと思っている。そう久坂が仕向けているのだ。
それを思うと、今の久坂の発言は、なかなか黒い。
「目立つのも、いいことばかりじゃないよ」
久坂はひとりごとのように言った。