温泉に行こう!
久坂の詩吟が終わる。
すると、まわりにいる者たちが拍手をした。
彼らを見渡し、久坂はにっこり笑う。
まるで花が咲いたときのような印象だ。
その笑みに見とれている者もいる。
拍手がやむと、初老の男性が久坂のほうに近づいてきた。
その身なりや、まわりにいる者たちの反応から、男が裕福で権力もあることをがわかる。
「素晴らしいです」
久坂を称賛した。
さらに。
「ところで、今夜の宿は決まっていますか?」
そう聞いてきた。
久坂は微笑む。
「いいえ」
首を軽く左右に振った。
「そうですか」
初老の男性は顔を輝かせる。
「でしたら、是非、私の家にお越しください」
こうして、宿を探す必要はなくなった。
一体これはなんだ……!?
寺島は夕餉の膳を見て、絶句する。
ひどいものなのではない。
逆だ。
豪勢だ。
寺島はまわりをちらりと見る。
久坂とともに上座にいる。
客として招かれたのだから、あたりまえと言えるかもしれない。
それにしても。
座敷は広く、この家の主人が呼んだらしい裕福そうな客人が数人来ていて、さらに屏風を背景にして芸者が踊っている。
今日は手頃な宿に泊まる予定だったのだが……。
その予定とは、まるで違う。
かなり、びっくりだ。
「久坂先生に、こうして来ていただけて、光栄です」
主人が嬉しそうに言った。
久坂はたしかにその名を他藩にまで知られているほど有名だ。
しかし。
それにしたって。
いくらなんでもこれは、破格の扱いではないだろうか。