温泉に行こう!
二、
目的地である温泉町に着いた。
天気は良く、明るい陽ざしの中、桜の花が咲いている。
「綺麗だよね」
隣を歩いている久坂が言った。
桜は久坂が最も好きな花である。
桜の花の紋を家紋の代わりに使っているぐらいだ。
もっとも、それは勝手にしていることであり、しかし、それでもだれからも注意されないところが、久坂の人徳というか……。
あまり深く考えないことにして、寺島は歩き続ける。
もうしばらくすれば宿の多い通りに入るだろう。
そこで手頃な宿を見つけようと思った。
自分たちは藩校の学生である。
豪勢なことはできない。
「久坂さん、この先の通りで今日の宿を……」
「あ、寺島、あそこの風景、いいよね」
久坂はまったく寺島のほうを見ずに告げると、駆けだしていった。
こういうのを、糸の切れた凧のようだと言うのだろうな……。
残された寺島はそう思った。
さっき自分が言いかけたことは、きっと聞いてなかったに違いない。
まあ、いい。
適当なところで軌道修正して、宿探しをしよう。
その宿探しにおける細々したことは自分の担当になるだろう。
久坂は人々の先頭に立って指導して進んでいくのには向いているが、そのうしろにある雑務の処理には向いていない。
だから、そういったことは寺島に丸投げしてくる。
いつものことだ。
そう思いながら、寺島は久坂のあとを追った。
久坂は河原にいた。
川はきらきらした春の光を浮かべて流れている。
向こう岸の土手の上には桜の樹があり、満開だ。
「いい風景だよね」
久坂は隣に寺島がくると、眼を風景に向けたまま、話しかけてきた。
「そうですね」
寺島は同意する。
ここには観光にきたのだから、今日の宿のことはしばらく置いておいて、景色を眼で楽しもうと思った。