温泉に行こう!
しばらくして。
久坂は書いたものを手にして、寺島のほうを向く。
「これでいいかな」
紙を差しだした。
それを寺島は受け取る。
書かれている文を、字を、見た。
うわ、汚っ……。
いやいやいや、心の乱れがあらわれた字だ。
見た直後の感想を、寺島は即座に自分で訂正する。
久坂の字が汚い、いやいや、かなり個性的なのは、わりと有名なことだ。
容姿端麗、頭脳明晰、天の恵みを一身に受けたような久坂の、唯一の汚点、いや、欠点だ。
久坂はその名を広く知られ、他藩の者ともつき合いがある。
そうした者たちが久坂の手紙を受け取ったとき、どう思うのだろうか。
書き損じを間違って送ってきたと思うのではないだろうか。
寺島はそんな心配をしてしまう。
だが、今はそれは置いておく。
問題は字だけではない。
内容も、問題だ。
旅に出ます。
捜さないでください。
そう書いてある。
「……もう帰らないつもりの旅なんですか」
「ううん、そんなつもりはないよ」
寺島の問いかけに、久坂は首を横に振った。
「でも、この文章だと誤解されてしまうかもしれません」
「うーん、たしかにそうかも」
久坂は、ふたたび、背を向けた。
文机に向かい、また、なにかさらさらと書いている。
書き終わると、寺島のほうを向いた。
書いたものを差しだす。
「これで、どう?」
寺島は紙を受け取り、文面に眼をやった。