温泉に行こう!
たいへん困った事態である。
桂は藩内の多くの者の上に立って指導したり、あるいは調整役をつとめることのできる人物だ。
それだけではなく、他藩の者にも顔がきく。
久坂にもそういうところはあるものの、まだ若輩者の藩校の学生であるので、影響力は桂には及ばない。
この時期に桂がいなくなるのは、藩にとって大きな痛手となるだろう。
さすがにこれはマズい。
そう寺島が思っていると。
「久坂、帰ってきてよ。みんな、待ってるよ」
嘉二郎が言う。
「特に高杉なんか、奥さんに逃げられた旦那さんみたいになってるよ」
それを聞いて、寺島は少し眼を大きく開いた。
そうか、他の者もそう感じていたのか……!
手を打ちたいような、明るい気分になる。
しかし。
「なにを言っているのかな、カジ」
久坂は美声をとがらせた。
「かなり気持ちの悪い例えなんだけど?」
いつもは柔和な笑みの浮かんでいる顔が強張っている。
全身から怒りがうっすらと漂っている。
久坂にしては、めずらしい反応だ。
それだけ高杉のことを意識しているということか。
高杉は久坂を好敵手と見なしていて、それを隠しもせず、時には突っかかったりもする。
それに対して、久坂はいつも悠然とかまえ、にっこり笑って流してしまう。
やはり、双璧を呼ばれて並び立つ者とまわりから思われている以上、どうしても相手のことが気になってしまうのだろう。
だが、嘉二郎に久坂の怒りは伝わっていないようだ。
「えー、そうかな。結構うまく表現したつもりなんだけどなー」
天真爛漫そのものの様子で笑っている。
いや、たとえそれがこれ以上なく的確な表現であったとしても、表現そのものがマズくて久坂さんの気にさわるんだが……。
寺島は内心、ツッコミを入れた。
しかし、嘉二郎にはそんなことはわからない。
明るい笑顔のままでいる。
やっぱりカジは最強だ。
つくづく、そう思う。